3年目を迎えた新型コロナウイルスの感染拡大は依然として完全には収束していないものの、先進国を中心に経済活動の再開を模索する動きも広がっている。一方で広げ過ぎた経済対策の後始末として、各国の中央銀行はインフレ抑制のために金融政策を引き締め方向に誘導しようとしている。物価抑制の金融引き締めか、景気のオーバーキルか。アクセルかブレーキか。軟着陸を目指す中で、ここからの株式市場における有望業種、銘柄はどのようなものになってゆくのだろうか。日本の株式市場の行方について株式アナリストの鈴木一之氏に見通しを聞いた。

鈴木一之さん

鈴木 一之(すずき・かずゆき)

株式アナリスト、1983年千葉大学卒業後、大和證券に入社。1987年に株式トレーディング室に配属、以降ほぼ一貫して株式トレードの職務に従事する。2000年に退社し、インフォストックスドットコムに場を移し、日本株チーフアナリストとなる。2007年からはフリーとなり現在に至る。株式相場を景気循環論でとらえるシクリカル銘柄投資法を展開。
主な著書
『景気サイクル投資法』(パンローリング)
『きっちりコツコツ株で稼ぐ 中期投資のすすめ』(日本経済新聞出版)
『有望株の選び方』(日本経済新聞出版)

――ここからの有望銘柄を探す上でどのような切り口が考えられるか。

鈴木:株式市場にあまた存在する物色テーマのひとつとして、私は「設備投資関連株」が有望だと考えている。今年に入って企業の間では、設備投資が例年になく活発化しているように見られるからだ。

――具体的にはどのような事例があるのか。

鈴木:企業サイドからの発表と新聞の報道ベースを合わせて、新しい設備投資計画の一例としては以下のようなものが挙げられる。

(1)石油化学大手のカネカ(4118)は、5月末に行った前年度の決算発表に合わせて3ヵ年の中期経営計画を策定した。その計画には今年度以降、3,000億円の設備投資の計画が盛り込まれている。中でも重点分野と定めたヘルスケア、生分解性ポリマーという基礎素材の開発に6割を集中的に投じるという。

(2)素材企業の東洋紡(3101)は同じく4ヵ年の中期経営計画を新たに策定し、その中で2400億円の投資枠を設定した。温暖化ガスの排出をこれまでより5割減じる新工場を建設して、液晶ディスプレイやタブレット、包装に用いられる工業用フィルムを増産する。

(3)乳酸菌飲料のヤクルト本社(2267)は売れ行き好調の「Y1000」の生産能力を増強する。110億円を投じて7月にも既存の国内工場に新しい製造ラインを建設する。

(4)エレクトロニクスではソニーグループ(6758)は、長崎県にある半導体工場の生産能力を6割増強して画像センサーを増産する。向こう3年間で9,000億円を投入する計画という。

(5)TDK(6762)は岩手県に新工場を建設して、積層セラミックコンデンサーを増産する。2024年9月より量産を開始する予定で、新工場は省エネと環境性能に配慮した最先端のものになる計画である。 このほかにも無数にあるだろうが、とにかく近年では見られないほどの企業のリリース、新聞報道を通じての投資計画が相次いでいる。

――実際に裏付けとなる統計データも出ていたように記憶しているが。

鈴木:統計ではないが、日本経済新聞社が「2022年度・設備投資動向調査」を行っている。それによれば、今年度の上場企業(876社)の設備投資金額は、全産業ベースで28兆6,602億円に拡大するそうだ。前年比での増加は3年ぶりのことで、伸び率は前年比+25%にも達するという。(6月22日付、日本経済新聞朝刊より)

記事によれば、金額では2007年度の過去最高額(28兆9,779億円)に迫り、また伸び率でも調査を開始した1973年度の+26.2%以来の高い伸びになるようだ。コロナ禍で2年間凍結されていた事業計画が、ここでも経済再開に向けて凍結が解除され始めていることがうかがえる。

――なぜこのように設備投資に関わる計画が活発化しているのか。

鈴木:理由はいくつか考えられるが、最も大きな背景として「成長市場が企業家に見えてきた」のではないかと考えられる。

今回のように急に始まった企業の設備投資計画ラッシュの特徴を一言で言い表せば、どの計画もデジタル化、自動車のEV化や自動運転化、工場のグリーン化といった、現代社会に沸き上がってきた新たな需要に対処するものである。これらのニーズに企業は積極的な行動を取り始めていると見ることができる。

パリ協定における2050年の脱炭素に向けて、企業の間でも地球環境への配慮が当然のものとなりつつある。加えて「人生百年時代」を迎えて、人々の間では長生きをすることは幸せであると同時に、リスク抱えることでもあるとの認識が定着しつつある。単に寿命を延ばすだけでなく、いかに長く健康でいられるかという切実な要望が確実に存在する。

――いわゆる「社会的な課題」に即した設備投資計画ということになるのか。

鈴木:そうだと思う。カネカや東洋紡は中期経営計画の中でまさにその点に明確にフォーカスしており、企業としていかに社会の要請に応えるかを重点戦略の上位に位置づけている。ヤクルトの増産は「健康寿命」からの需要がまさに目の前で拡大期を迎えていることを示している。

ガソリン車のオーナーは、排気ガスを出すマイカーを公道で走らせることが罪深く感じられる日がいずれ来るだろう。先行した中国、欧州だけでなく、日本でもエコカーに全面的に切り替わる日が近々やってくるはずである。

それとともに自動運転に関する技術も、実証実験の段階を経てまもなく本格的な実用レベルに入ることになる。コロナ禍は社会のデジタル化を大幅に前倒しさせたが、外出規制によって自動運転の普及という点でも前倒しがなされたのではないだろうか。ソニーの画像センサー、TDKの高精度の電子部品の能力増強もその流れに沿ったとも考えられる。

――ほかにも設備投資が加速している理由は考えられるか。

鈴木:企業がこれほどまで設備投資を急ぐには、きっとほかにも理由があるはずである。考えられるものをいくつか挙げてみる。

(あ)ひとつには人手不足が常態化していることだ。海外からの労働の担い手がコロナ禍で入ってこないことに加えて、少子高齢化で日本の生産年齢人口が減少の一途をたどるという事実が根底にはある。

(い)製造業の国内への回帰もある。経済安保推進法が成立し生産拠点を日本に移す企業が増えつつあると見られる。

(う)インフレの浸透も挙げられる。現在の物価上昇は一過性のものではなく、今後も長期にわたって続くと経営者は判断し始めている可能性がある。

(え)企業内に滞留する現預金の存在である。コロナ禍による売り上げ激減に対して、企業は安全策をとって資金調達を活発化させた。その現金が使われずに積み上がっている。一方でアクティビティストの活動はますます活発化しており、余剰資金を不用意に抱えているとアクティビティストをはじめ外部からの経営干渉が起こりかねない。

――かなり多岐にわたっているように見える。

鈴木:そのとおりだ。(う)インフレの浸透と(え)現預金の積み上がりは相互に関連している。企業は余剰資金の使い道を真剣に探しているのではないか。2022年6月18日付の日本経済新聞には、上場企業の今年度(2023年3月期)の配当金総額は2年連続で過去最高を更新することになると伝えている。これも株主還元という形を通じて社内に滞留する資金を積極的に使おうという表れのひとつととらえられる。

それらも踏まえてここ数ヵ月の間に上場企業間で見られるようになった、相次ぐ設備投資計画の表面化ではないかと考えられる。

――日本は「課題先進国」と呼ばれるが、課題が市場を生み出しているようでもある。

鈴木:設備投資が活発化する社会には勢いがある。社会的な課題の多い分だけ、それだけ投資チャンスが日本には確実に存在するということだ。簡単なことではないだろうが、登るべき壁が見えている分だけ目標も定めやすい。日本経済は諸外国と比べて長らく沈滞ムードに包まれていたが、それが徐々に変わりつつあるように感じられる。そういった認識が海外投資家の間に広がれば、海外からの投資マネーも少しずつ日本に向かって流れてくるのではないだろうか。

――注目する有望銘柄はなにか。

鈴木:すでにここまでで列記した企業は十分に注目に値する。それらに加えて、日立製作所(6501)、富士電機(6504)、フジクラ(5803)、ニチコン(6996)、ミネベアミツミ(6479)にも注目している。
以上