新 手仕事ニッポン17

胡粉ネイル(京都府・下京区)

伝統に染まる指先。

 しろ。ことの起こりを表す「素」という文字を以(も)って「しろ」と表現した時代があったと、日本の伝統色について書かれた本で読んだことがある。白装束、白足袋、神社の紙垂(しで)など、神聖な、汚れのない色の象徴として私たちの心にある色。この白を日本画の顔料では胡粉(ごふん)という。

 イタボガキなどの貝殻を何十年もかけて自然風化させ、水と練り合わせながら丁寧に粉砕を繰り返してつくる天然の顔料を、たとえば手のひらにそっとのせて太陽にかざすと、光の加減によって青みがかったり黄味がかったり……。色相はさまざまに変化し、片栗粉のようなしっとりとした肌触りはおしろいを思わせた。聞けば、胡粉は雛人形や文楽人形の肌の色としても使われており、炭酸カルシウムを原料とする胡粉の粒子はきめ細かく、生身の人の肌に付けても無害どころか、優しく洗顔すれば肌を整える効果も期待できるとのこと。京都で二百六十余年にわたって暖簾(のれん)を守り、数々の名画に顔料を提供してきた「上羽絵惣」が、画壇から化粧の世界へ歩み入ったのは自然な流れともいえるのではなかろうか。

 紫苑(しおん)を選んで爪にのせる。水溶性の自然素材でつくられた胡粉ネイルならではの、みずみずしい上品な色合いにうっとりとした。実際の紫苑の花を図鑑で探せば、青みがかった薄紫色が非常に美しいキク科の多年草だ。ふと、朝顔の花を集めて潰(つぶ)した汁で爪を染め、おしろい花の種を潰して頬にはたいた記憶が蘇(よみがえ)る。束(つか)の間の少女の背伸び。今となっては愛(いと)おしい。

----------------------------------------------------------------------------------

 「胡粉ネイル」 日本画の「白」の顔料、胡粉は、中近東ペルシャ(今のイラン)、胡の国から渡ってきたのでこの名が付いたといわれている。古くは鉛白からつくられていたが、室町時代以降に、原料が貝殻に取って代わった。胡粉の化粧品としての有効成分に着目し、開発したネイルカラーは全34色。季節限定の新色も。1300円~。「上羽絵惣」https://www.gofun-nail.com/

 

 

文、セレクト=つるやももこ 撮影=尾嶝 太

つるや・ももこ 

旅をライフワークに取材・執筆をする編集者。女性が健康で美しく生きるためのあれこれを発信するウェブを仲間と立ち上げ準備中。https://www.instagram.com/momokokokoa/

 

 

 

Vol.55はこちら