新 手仕事ニッポン18

江戸切子の万華鏡(東京都・墨田区)

景色の向こう側。

生活の中には、3つのカテゴリーがあると思っている。1つは無くてはならないもの。あとの2つは、あると便利なものと無くても困らないもの。困らないならいらないと、3つ目を切り捨てる人もいるだろうが、言葉を換えればそれは〝あったらうれしいもの.で、自分にとっては、もれなく宝ものである。

江戸切子の万華鏡の存在を知った時、すぐさま触って覗(のぞ)いてみたいと思った。実際に手に取ってみると思っていたよりもずしりと重たく、小さなトロフィーを握りしめているような気分。聞けば、素材はカメラや眼鏡に使う光学レンズのもとになる特殊なガラスで、ある程度の塊を精製してから、直径3㎝の多面体に切り出していくという。先端に模様を削るのはもちろん職人の手仕事だ。

 ところで。たとえばグラスなどに細工を施す場合、高速回転している刃にそのものを当て、線と面を削り出すのが切子の技術。つまり職人は、削る面の裏側から模様を透かして彫ることになるのだが、見ての通りこの万華鏡の長さ(厚み)は12 ㎝もある。職人の微細な感覚と長年の勘が無ければ、これだけの厚みのものにうまく模様を彫ることはできない。  

 身近な景色を覗く。揺れる木々も、寄せる波も、あるいは見慣れた部屋の一角や家族の顔も、万華(ばんか)のごとくキラキラ輝く。箱の中を覗くのではない、その先の世界を覗く万華鏡。私が世界を覗く時、切子細工という伝統工芸もまた、未来の方を向いている。

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「江戸切子の万華鏡」 明治32年創業のガラス製品製造の老舗(しにせ)「廣田硝子」の廣田達朗さんが、デザイナーがアクリル素材で製作していた万華鏡を見て、職人の技術でつくることを提案。強固で厚い光学ガラスに切子をほどこす技術は、熟練の職人でも日に数個しかつくることができない。窓辺に置くと光を集めて、サンキャッチャーのようなオブジェにも。「江戸切子の万華鏡」は3種。各1万800円。http://hirota-glass.co.jp/

 

 

 

文、セレクト=つるやももこ 撮影=尾嶝 太

つるや・ももこ 旅と人をテーマに取材・編集・執筆を手がける。10 月にこころとからだを旅するウェブマガジン『Ho ̄.ailona (ホーアイロナ)』を創刊。http://www.hoa ilona.com/、インスタグラム@ho.ailona

 

 

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