染め織りペディア23

「日本刺繡針」をどう磨く?

 着物や帯を飾る日本刺繡は、固有の繡技と美しさを誇る。始まりは不明だが、仏教伝来と共に寺院を飾る刺繡の天蓋や刺繡で描いた「繡仏」が伝わり、やがて、装いを彩るようになる。

 刺繡は、針の技だ。針は銀、銅、そして鋼製へ。15世紀頃には伝統的な手打ち針の技法が完成する。針金を切り削り、針穴を成型、焼入れと焼戻し(硬さや弾力の調整)、研磨で、布通りのいい針を生み出した。

 今、私たちが使う針は機械製品だが、繊細な文様を繡い描く日本刺繡の針は、「手打ち針でないと」とプロは口を揃え、「その針がなくなる」と嘆きが続く。今や広島在住の職人ただ一人、と。

 が、救世主が現れた。同じ広島県の針メーカー、「チューリップ」だ。「手打ち針に匹敵する新しい日本刺繡針を作りました」とは、ブランド戦略課の馬場由紀子さん。機械で、手打ち針の品質?

 そこで、広島駅から車で1時間ほどの工場を訪ねた。まずは一般的な機械針の製造工程を見学。昭和な建物内は金属音の重奏が響く。輪に束ねられた鋼線が針2本分の長さでザラザラと切り出され、高速度三連機で瞬く間にプレス成形、穴加工、切断分離へと。この先も多々作業が続き、階段を上って下りて、隣の建物に移り、また戻る。なんて多工程。が、 ふと気づく。量産すること以外、先ほどの手打ち針工程とほぼ同じなのだ。「日本刺繡の針は平らな針穴で、先を細く尖らせるなど、他の針とは違う特徴があり、機械化できない部分も。そこは手加工で対応します」とは工場長の迫誠志さん。日本刺繡の運針は主に上下運動ゆえ、針にしなりは求められないが、生地を傷めない針先や針穴は必須なのだ。

 手芸針を多種揃える「チューリップ」は、繡技により針先やしなりを検討し、使う人の要望に応えてきた。日本刺繡針に取り組んだのも同じ経緯。ただし3年の試行錯誤があった。「まだスタートラインですが、手打ち針の悩みである品質のばらつきがないのは機械の長所です」

 中国地方では古くより砂鉄から鋼を作る「たたら製鉄」が盛んで、広島藩では下級武士の手内職として針作りを奨励。それが明治以降、産地として発展し、戦前は200社を超えるメーカーがあったという。しかし戦後は安価な輸入針に押されて次第に廃れ、現在は7社に。「うちは後発メーカーなんです」と専務取締役で後継者の原田一康さんは言うが、と ても元気な現場だ。誰もが機械を手の延長のように扱い、厳格に品質管理を行う。

 また「チューリップ」には電子基板・半導体検査用針製造部門もあり、こちらの機械はハイテクな見た目だが、実は機械針の工場と同じ仕組みなのだという。

文=田中敦子 イラスト=なかむらるみ

たなか・あつこ手仕事の分野で書き手、伝え手として活躍。工芸展のプロデュースも。2023 年3月下旬『J-style Utsuwa私のうつわ練習帖』(春陽堂書店)を出版予定。愛用の器とその使い方をあれこれと。

Vol.73はこちら