辛酸なめ子の着物のけはひ 『たけくらべ(現代語訳:松浦理英子)』樋口一葉

『たけくらべ(現代語訳:松浦理英子)』 樋口一葉

 松浦理英子が現代語訳を手がけた樋口一葉の名作『たけくらべ』。ページから明治時代の吉原の空気がたちのぼり、煙に包まれて当時にタイムスリップしたような感覚が。後書きで松浦氏が書かれていますが、句点が少なく読点でつないでいく樋口一葉のスタイルを生かしたことで「ことばがぞろぞろ蠢きながら繰り出される感じ」で吉原の「喧けん噪そう、猥雑さ、性的な空気」が十分に表現されています。

「大鳥神社で欲の深い方々が競って買ってかつぐ」と酉の市の熊手について綴ったり、樋口一葉のシニカルな視点も際立ちます。当時、15〜16歳のませている女子は酸漿を口に含んで、着物の帯を結ばずに巻くスタイル。男子は肩に置き手拭い、鼻歌を歌うのが、明治のイケてる若者だったようです。神社と遊廓の街、吉原で育つ少年少女の姿を描いた本作。

 主人公は、紀州から出てきた14歳の美登利。目に愛敬があふれて、色白で鼻筋が通っていて気前もよく、着物の着こなしも洗練されています。姉が売れっ子の華魁で、その威光もあって、女王様のような存在です。彼女を慕う少年たちが金貸しの息子でがき大将キャラの正太(正太郎)、お寺の跡取り息子の信如でした。正太は、美しいとほめたり一緒に写 真を撮りたいと言ったり素直に気持ちを表します。「燈籠ながして、お魚追いましょ」と、美登利が会う約束をする台詞が風流です。

 いっぽう信如とは、もやもやが募る関係でした。信如がつまずいて羽織の袂が泥まみれになったとき、美登利が「絹はんけち」を差し出し「これでお拭きなされ」と言ったのを、「坊主の癖に女と話をして」と冷やかされてから、お互い気まずくなってしまいます。美登利が、道端の花を折ってほしいと信如に頼んでも、適当に折って投げつける信如。自意 識過剰な中二病は明治時代にもあったようです。お互い意識しながらも「二人の間に大きな川が一つ横たわって」いる状態に……。

 ある時、信如がお使いに行く途中、美登利が暮らす大黒屋の近くで、下駄の鼻緒が切れてしまうハプニングが。雨風が強くなる中、傘も転がり、風呂敷も着物の袂も汚れてしまいます。美登利は助けようと走り出て信如だと気付いて赤面。鼻緒用のきれを投げ出しますが、見て見ぬフリをする信如にやるせない思いがこみ上げます。転んだり鼻緒が切れた り、美登利の前でトラブルに巻き込まれがちな信如。美登利の存在を近くに感じると心ここにあらず状態になってしまうようです。

 少年少女たちの戯れの日々はいつまでも続かず、美登利は大人に近付いた印として「初々しい大島田」に結い、活発な遊びもやめておとなしくなってしまいます。吉原の遊女になる運命を自覚し、家で思い悩む姿が切ないです。ある朝、誰かが「水仙の作り花」を格子門の外から差し入れ、「慕わしい思い」で花を愛でる美登利。花の贈り主は信如かもしれず、なぜ造花だったのか考えると、美登利の清らかな美しさを永遠に心にとどめる、というメッセージだったのかもしれません。信如の造花を眺める度、廓で働く美登利の心も浄化されることでしょう……。

しんさん・なめこ東京生まれ、埼玉育ち。漫画家、コラムニスト。中2の頃、なぜかテディベアづくりにハマり、手づくりしたものを仲良くなりたい友人にプレゼントしていたなめ子さん。心を込めたのに逆に重たがられることに……。中2って難しい。

文、イラスト=辛酸なめ子 撮影=中林正二郎(snow) 選=澁谷麻美(BIRD LABEL)

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