辛酸なめ子の着物のけはひ 『すみだ川』永井荷風 

『すみだ川』 永井荷風 明治42年に発表された永井 荷風の小説。本作発表の数 年前、荷風が外遊する以前 の隅田川の両岸を舞台に、 常磐津の師匠を母に、俳諧 の宗匠を伯父に持つ中学生 長吉が、芸者になった幼なじ みのお糸に抱く恋心を詩情 豊かに描く。

 明治の東京の風情が描かれていて、冒頭、主人公の伯父の蘿月(らげつ)が、夏のたそがれ時にたたずむ描写から引き込まれていきます。「夏の黄昏(たそがれ)も家々で焚(た)く蚊遣(かやり)の烟(けむり)と共にいつか夜となり、盆栽を並べた窓の外の往来には簾(すだれ)越しに下駄(げた)の音職人の鼻唄人の話声がにぎやかに聞え出す」。現代でこんな情緒のある夏の描写はちょっと思いつきません……。「エアコンの室外機から出る温風の音が、熱中症で倒れた人を運ぶ救急車の音をかき消す」という風になってしまいそうで、百年経たって便利さと引き換えに失われたものについても考えさせられます。

 ある時蘿月が妹のお豊を訪ねると、十八歳の息子、長吉の話題になりました。三味線音楽の常磐津(ときわず)の師匠のお豊は、息子の教育にはお金をかけて、本郷の夜学に通わせています。しかし母には心配ごとがありました。長吉は幼なじみの煎餅屋の娘、お糸に恋心を抱いているようなのですが、早熟なお糸は近々葭町(よしちょう)(今でいう日本橋人形町から浜町あたり)の芸者になる予定が。無邪気に遊んでいた若い二人ですが、今後、生活環境や価値観的にも離ればなれになってしまいます。

 その長吉は、お糸と逢(あ)うため待ち合わせの今戸橋にぼんやり立っていました。小学校の頃毎日遊んで、相々傘を書かれてひやかされた思い出がよぎります。「ああ、お糸は何故(なぜ)芸者なんぞになるんだろう」と引き止めたいと思いながら、そこまで強く出られない、色白でか弱い元祖草食男子の長吉。吾妻(あずま)下駄の音を響かせテンション高く現れたお糸は、うじうじとなぜ芸者に……とつぶやく彼を一蹴し、別れを悲しむ様子も見せません。それどころか仲店で芸者を見かけて「長さん、あたいも直(じ)きあんな扮装(なり)するんだねぇ」と、嬉(うれ)しそうで、長吉の悲愴感は深まります。その芸者と連れ立って歩くのは黒絽(ろ)の紋付姿の立派な紳士で、兵児(へこ)帯一つの書生姿の自分が情けなくなります。

 次に会った時は、立派な芸者姿に変身していたお糸。幼なじみの少女の面影はなく……。放心状態になった長吉はお糸の幻影を追って駒形から蔵前、浅草橋、葭町へと徘徊(はいかい)。学校の勉強にも身が入らず、母の認め印を盗んで欠席届を提出。寒さが辛いとか、夕陽の色が悲しいとか、いちいちネガティブで、気力の減退と共に不健康になっていきます。新しい環境で楽しく働いているお糸と対照的に、ダメさが極まっていく長吉。しかし、浅草公園で芝居を観劇し、昔の知り合いが人気役者になっているのを知り、自分も役者になれば芸者のお糸に近づけるかもしれない、と希望を感じます(体力的にムリそうですが……)。役者になりたいと言い出し、伯父や母をまた心配させる長吉。反対されて泥水の中を歩き回り、風邪から腸チブスを発症。哀(かな)しいことがあるとすぐ病気になる長吉は、病は気から、という教訓を体現しているようです。しかし結局彼は何をしたかったのか……とくに恋が成就するわけでもないのですが、誰の人生にもこういう空回りの時期があるので、わびしさに共感できる小説です。

 

(イラスト・文)辛酸なめ子 

しんさん・なめこ 漫画家、コラムニスト。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社)、『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。