浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア28 『幕末太陽傳(でん)』のフランキー堺

『幕末太陽傳』のフランキー堺

 

 

 

 品川は東京の南の玄関口。東海地方出身の私にも特別な街だ。東京駅発の東海道新幹線に乗って名古屋方面に走り出して、さて!と弁当の包みを開くのがここを過ぎたあたり。東京の外へ向かって出発する気分にいよいよエンジンがかかるのが品川である。そんな旅人の往来するざわめきと活気を本作でたっぷり味わった。

 舞台は江戸幕末の品川宿に実在した旅籠「相模屋」である。「北の吉原、南の品川」と呼ばれ、百軒近い遊女屋に千人以上のお女郎さんで賑にぎわい、かの高杉晋作たちが定宿にしていたという。幕末の切羽詰まった侍や、もしかしたら行き倒れる可能性だってある東海道を旅する人も、悔いのないよう遊びを楽しむ街だったかもわからない。淡い影を携えて、粋に駆け抜けて生きる主人公の佐平次(フランキー堺)のかっこよさは天下一品だ。

 この映画はいくつもの落語が合体してできている。一文無しにもかかわらず、長屋の連中を引き連れて相模屋で放蕩三昧の果てに、自分だけ居残って下働きをする落語『居残り佐平次』の主人公が噺はなしから抜け出して、『品川心中』と『お見立て』と『三枚起請』で起こる揉もめ事を次々に解決する。フランキー堺の軽快な身のこなしが洒落ていて、ほっかむりするような羽織の着方は手品のようだし、お座敷太鼓のバチをドラムスティックよろしく指でくるくる回す器用さにもくすぐられる。終始コミカルなのに、なんとも言えない真面目な顔になる瞬間があって、その緩急に引き込まれる。問題を解決するたび、ちゃっかりご祝儀をせしめるのは佐平次のご愛嬌だが、人情に陥らず一匹狼でいるための機微だとしたらなんて粋なことだろう。「十年先には、世の中もすっかり変わるぜ」と言う佐平次はクールな刹那主義者だ。その言葉のとおり世情は同じところにとどまらない。当時は成し得ても今は無理と思う出来事が本作中にも存在する。人は世につれ。それをこの映画が証明しているかのようだ。

 相模屋一番人気のこはる(南田洋子)とライバルのおそめ(左 幸子)は、着物の着こなしや立ち振る舞いがどこを切り取っても浮世絵のようにきまっていた。遊女屋が舞台の映画を観るとき、「きっと乱闘シーンがあるぞ」と先走ってしまうが、この映画も裏切らなかった。どんなに激しく動き回っても、着物が身体の動きにぴたっとはまって美しくお見事でした。

文、イラスト=浅生ハルミン

イラストレーター、エッセイスト。著書に『私は猫ストーカー』(洋泉社)、『三時のわたし』(本の雑誌社)などがある。これまでのイラストレーションの仕事を展示する企画展が、町田市民文学館にて2021年秋に開催予定。

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