浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア26 『誘惑』の芦川いづみ

『誘惑』の芦川いづみ

 銀座の小径にはまだ、昔の東京の雰囲気がある。創業から何代も続いている輸入洋品店や画廊の入ったビルを眺めながら、当時はどんなお洒落な紳士 淑女たちが街を歩いていたかを想像す るのが楽しい。この映画が作られたのは1957年。銀座を舞台にしたお洒 しゃだつ か れん せい 落で軽妙洒脱な恋愛喜劇だ。可憐で清楚で子鹿のような芦川いづみも素晴らしくて、私の銀座妄想散歩の欲をじゅ うにぶんに満たしてくれた。

 主人公の杉本省吉(千田是也)は、 銀座すずらん通りで洋品店を営む紳士。 若い頃に芸術家を目指していたからか、 店の2階を改装して画廊を開く。現代 っ子の娘(左 幸子)と二人暮らしだ。 娘は文化の最先端・前衛いけばなのグ ループの一員で、父の画廊で自分たちの展覧会を開くことを画策する。このときの若い芸術家たちのファッション がまたいい。ピエール・カルダン風のシャツをショートパンツと合わせたりして。岡本太郎や東郷青児も本人役 で登場し、映画で「お化けいけばな」 と呼ばれていた前衛いけばなの作品は 勅使河原蒼風によるものだ。私が子どもの頃住んでいた、昭和の田舎町の陶器店にも「前衛風」の花器が並んでいたほど世の中に広まったけれど、映画 の中で本物の雰囲気を感じられて、すっかりしびれてしまった。

 物語を進めるのは左幸子で、芦川いづみはある重要なところで出てくる。 省吉のいまだ忘れられない初恋をドッキリする方法で叶える役だ。これがこの作品のすごいところ。登場人物の織りなす人間模様をふわりと結わえる可憐なリボンのような存在感で、あまりの可愛らしさに窒息しそうになった。

 映画の中で着物を愉しめるのは僅か1、2シーン。大きい矢 絣 にレースの ショールをかけた清楚な着方で、日傘をさしていた。「過去の思い出の人」 といえばまず日傘、とまじまじと見た。

 この映画を観ていると、すごくお洒落な気持ちになってくる。今と昔、心の中と外、1階と2階、のような対比が印象的でそこにモダンさがあるのだろう。芦川いづみの着る、フレンチスリーブのブラウスとサーキュラースカートは当時のヴォーグ誌のようなスタイル。絣の着物もまたその対比のよう に思える。いろいろとパズルのような仕掛けが潜んでいるような愉しさ。でも省吉だけは青年の頃からずっと、いかにも芸術家といったベレー帽をかぶったままだ。幾久しくお幸せに、と思 った。

文、イラスト=浅生ハルミン

あさお・はるみん イラストレーター、エッセイスト。 「折り畳み自転車を買った。それに乗って芦川いづ みさんの夫である藤 竜也先生が活躍した刑事ドラ マのロケ地巡りをしたいのですが、コロナ対策のた めまだ。折り畳み方を忘れないようにしませんと」

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