文様のふ・し・ぎ 35  花筏

文様のふ・し・ぎ 花筏

  寒く長い冬が終わり、陽の光が春の気配を含み始めると、何とはなしに道行く人の足取りも軽く思えるのは気のせいだろうか。殊に私が暮らす福島・三春町は、桜がほころびる頃には、淡い桜色で町中がふんわりと包まれたようになり、気づけば私の視線も口角もキュッと上がっている。三分咲き、五分咲き、満開とそれぞれの見頃を逃すまいとつい躍起になってしまうけれど、ヒラヒラと花びらが舞う散り際まで桜は惜しみなくその美しさを目の前に差 し出してくれる。散った花びらが川面に浮かんで筏のようにサラサラと流れていく様子にすら心奪われ、ぼんやりとその場に佇んで目で追ってしまう。こんなにも自分が桜に惹かれるようになったのは三春町で暮らすようになってからのこと。歳を重ねたということもあるのかもしれないし、潔いその姿への憧れからなのかもしれない。

文=長谷川ちえ エッセイスト、器と生活道具の店「in-kyo」店主。2023年3月には素描 家・shunshunさんの個展を開催予定。詳細はInstagram@miharuno.inkyoにて。


イラスト=山本祐布子

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