第五回 「秋草文様小袖」  「見る」だけで終わらない「使って」完成するデザイン

 琳派(りんぱ)の祖と仰がれる本阿弥光悦が、徳川家康から洛北鷹峯(らくほくたかがみね)の地を賜り、一族や職人たちとともに移り住んでから400年。「琳派イヤー」として多数の展覧会きやイベントが予定されている今年、最大の目玉になるのは京都国立博物館で開催される特別展「琳派誕生四○○年記念 琳派 京を彩る」だろう。

 尾形光琳は、本阿弥光悦から約100年後の江戸時代中期に、京都と江戸の双方で活躍した絵師であり、また陶芸、蒔絵(まきえ)、染織の意匠にも才能を発揮したデザイナー。京都随一の高級呉服商、「雁金屋(かりがねや)」の次男として生まれ、家業が傾いた後は、身についた教養や遊芸、抜群のセンスを生かして、絵師の道を歩んだ。他方、陶芸に才能を発揮した弟の尾形乾山も、斬新な絵付けと色使いで人気が高く、乾山焼は当時の「ブランド陶器」として、浄瑠璃のせりふや、公家の茶会記にも登場している。
 
 彼ら「尾形兄弟」のデザインは生前よりむしろ没後に空前の流行を迎えた。小袖の意匠を集めた当時のファッション雑誌である雛形本(ひながたぼん)には光琳文様が特集され、鈴木春信の錦絵にも、この光琳文様をまとった女性を見ることができる。「光琳梅」「光琳菊」などの文様は、現在まで生き残った、まさに「光琳デザイン」なのだ。

 その中に、「デザイン」ではなく、光琳自身が筆をとって着物の図柄を描き出した作品がある。それが《冬木小袖》だ。材木で財を成した江戸・深川の豪商、冬木家の妻女のために制作されたことからその名がついた小袖は、実際に着るというより、座敷飾りとして鑑賞したものらしい。藍と墨の濃淡による奥行きのある秋草文様は、一ひと叢むらの桔梗(ききょう)、あるいは一叢の菊花が、小袖を縦長の画面に見立てて直接描かれ、着つけたときに帯が秋草の景を損ねないよう、帯の当たる部分には十分な空間を残している。実際の植物の色ではなく、わずかに金泥や赤、黄のぼかしを添えて、寒色で描いた秋草を引き立てている。

 あるいはそのファッションセンスを証明するエピソードとして伝わる「伝説」がまた、光琳らしい。光琳のパトロンの妻女が京都・東山での集まりに出席することになったが、参加者はいずれ劣らぬ富貴の出の女たち。その中で見劣りしないようにと相談したところ、光琳は白無垢(むく)の襲かさねに黒羽二重という装いを薦めた。他の女たちが色とりどりの豪華な衣装でやってくることを見越して、黒と白のモノトーンで目立とうという高等戦術だった――というものだ。「美しく生きる」ことそのものを誰よりもうまくデザインできた、尾形光琳というクリエーターの本質に、展覧会を通じてぜひ、触れてほしい。

文=橋本麻里

はしもと・まり  日本美術を主な領域とするライター・エディター。明治学院大学・立教大学非常勤講師。著書に京都で日本美術をみる(集英社クリエイティブ)ほか。9月に小学館から約300点の春画を収録した画集ShungArtを刊行予定。

 

琳派誕生四○○年記念 

琳派 京(みやこ)を

会場/京都国立博物館 平成知新館

(京都府京都市東山区茶屋町527

会期/20151010日~1123

(秋草文様小袖は1027日~1123日展示)

開館時間/9301800(入館は1730まで)

会期中の毎週金曜は~2000(入館は1930まで)

休館/月曜(祝日の場合は開館、翌日休館)

入館料/一般1500

問い合わせ先/☎075-525-2473

http://rinpa.exhn.jp/