染め織りペディア13

高貴な色の源。「紫草」

 古代中国では雲が紫に輝く姿は瑞兆と喜ばれ、紫の衣は皇帝にのみ許された。日本では、飛鳥時代の冠位制度で、最高位の冠が紫に。また、平安時代の王朝文学『源氏物語』は、紫の縁の物語と呼ばれるくらい、紫の気配が香り立つ。高貴な紫のイメージは、中国で生まれ、日本で育ち、紫 式部の筆が決定打となって、今にいたる。


 その紫を染める植物が「紫草」だ。学術的には、ムラサキ科の多年草、ニホンムラサキ。古くから広く自生し、渡来人が染めの技法を伝えたという。薬草としても有用で、奈良時代には栽培が始まり、名の知れた産地もあった。そのひとつが関東の武蔵野エリア。江戸時代に栽培と染めが盛んだった記録もある。江戸っ子に愛された染め、「江戸紫」だ。


 しかし山野を好む紫草は、土地開発の波に押されて絶滅危惧種となってしまった。紫草とはいっても、外来種のセイヨウムラサキとの交雑であることが多い。


 そんな状況下、日本の紫草を絶やすまいと奮闘する人がいる。東京・三鷹市で紫草の育成、栽培を研究し、「江戸紫」の地で伝統の紫根染めを行う活動に邁進する熱血漢、「みたか紫草復活プロジェ
クト」二代目会長の西村 学さんだ。本業は塾経営と空手道場主。植物にも染織にも無縁だったが、「武蔵野にある三鷹で、紫草の復活を思い立った初代会長に手伝ってほしい、と。目上の人には、イエスとハイと喜んで、がモットーです」。
 
 13年前から事務局として会長を支え、2019年、会長を受け継いだ。紫草は発芽率が低く、種をまく時期がずれれば無反応。苗を移植するタイミングも難しい。害虫や長雨、台風、ゲリラ豪雨など外敵は多く、日照や土にも工夫がいる。「紫が高貴な色と言われる理由には、紫草の栽培の難しさもありますよね」

 が、失敗ごとに紫草への愛情は深まり、今や西村さんは、ミスター紫草と呼びたいほどの知識と経験を持っている。


 訪問した6月は折しも開花時期。あっ、かれんな白い小花。紫草、花は白なんだ。「紫の色素は根にあるんですよ」

 ゆえに紫根染め。多年草ということは、何年育てれば、十分な色素が溜まるのだろう。が、意外や「春に発芽したら、年末には長く根が伸びて、色素が採れます。根の表皮にある色素は、2年目、3年目の根にはできません」とは驚き!


 紫草は茂るように成長して、花は列をなすように次々と咲く。「メデューサの髪みたいでしょ。紫の語源は、群れ咲くから、という説も。プランターでも種は採れますが、染料となる直根を育てたいので、長い塩ビのパイプを使うんです」


 販売はしない。三鷹に紫草を復活させたい、とただその一念なのだ。育てた根は紫根染めのワークショップに、貴重な種は栽培用に溜めて、時に心ある人に託す。会員の条件は「長く一緒に育ててくれる人」。武蔵野の地に、よき紫の縁が育まれるよう、頑張れ、ミスター紫草!

 

たなか・あつこ 手仕事の分野で書き手、伝え手として活躍。著書多数、工芸展のプロデュースも。2020年9月19日~26日、愛知県名古屋市の「月日荘」にて帯留め展を開催予定。動画配信なども計画中!

Vol.62はこちら