辛酸なめ子の着物のけはひ 『あらくれ・新世帯』徳田秋声

『あらくれ・新世帯』 徳田秋声

 徳田秋声は「自然主義文学」の作家です。美化せず、客観的に観察して描写する「自然主義文学」。『新世帯』でも、酒屋の新婚夫婦に起きた問題を淡々と綴つづっています。

 新吉は少年時代から酒問屋で働き詰めで、商売がうまくいってきたので「内儀(かみ)さん」を貰うことを考え始めます。商人なので「貰うと貰わないとの経済上の得失」なども詳細に見積もり。そんな時に酒屋仲間が世話してくれたのは、荒物屋の娘、お作でした。新吉の家の格の方が高い縁談でしたが無頓着な新吉は気にせずお見合い。実は新吉は「面長の色白で、鼻筋の通った、口元の優しい男」で、男前でした。仕事もできて器量好しな新吉とお見合いしたお作は、ひとめで気に入ったようで、家族も乗り気で話を進めます。「薄ッぺらな小紋縮緬のような」ものでお見合いに臨んだお作は、物欲もなく、身持ちが堅く、気立ても優しい女性でした。

 新吉の友人の小野が「斜子(ななこ)の羽織と、何やらクタクタの袴」を借りてきてくれて、婚礼の式が執り行われます。しかし新吉は苦労して貯めたお金を式に使ってしまうのが惜しかったようです。投資したらその分リターンを求めたくなるのが商人の性です。

 お作は見栄えがしない地味な見た目ながら、優しくてしとやかなのが長所でしたが、仕事においては何の役にも立ちませんでした。機転が利かず、商品の売値を間違ったり、満足に買い物もできなかったり……。損をしたと感じた新吉は「商人の内儀さんが、其様なこッて如何するんだ」とか「お前なぞ飼っておくより、猫の子飼っておく方が、どのくらい気が利いてるか知れやしねえ」とモラハラ発言を連発。最初は泣いていたお作も、耐性がついたのかニヤニヤ笑って反応。顔が好きだから何を言われても受け入れる、という心境になっていたのでしょうか。後半も、夫にイヤミを言われてニヤニヤするシーンが出てきて、もはやファン心理のようです。

 そんな夫婦関係に思わぬ邪魔が……。小野が約束手形のトラブルで拘引され裁判沙汰になってしまい、困った小野の妻、お国が転がり込んできます。「御免下さい」と「蓮葉のような、無邪気なような声」でスッと入ってきて、出産で里帰り中のお作と入れ替わるように家に居着いてしまいます。色白で愛嬌ある顔立ちで、掃除や料理、正月用品の買い出しなどをこなす有能なお国に、新吉もどこかで惹かれていったのでしょう。お国も按摩を呼んで揉もませたり、2人で晩酌したり、自分の家のようにやりたい放題です。

 流産したお作が帰ってきてもしばらくお国は家にいて、自分の有能ぶりを見せつけます。新吉は、次第にのさばっているお国に不愉快な思いに……。その反動か、改めてお作への情がわいてくるのでした。商人の新吉は品物を見比べて仕入れるように、女性も比較して価値を検討するタイプだったのでしょうか。一貫した商人魂で、これからも商売繁盛しそうです。お作のように無欲で忍耐強く生きていけば、最終的に経済力があって見た目が好みの夫が得られるのかもしれません……。

しんさん・なめこ 東京生まれ、埼玉育ち。漫画家、コラムニスト。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。なめ子さんのメンズのチェックポイントは、「目と肌がきれいでカルマが良さそうな人」だそうです。

文、イラスト=辛酸なめ子 撮影=中林正二郎(snow) 選=澁谷麻美(BIRD LABEL)

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