浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア29 『武士の家計簿』の仲間由紀恵

『武士の家計簿』の仲間由紀恵

江戸時代の家計簿が、とある家族の生活の歴史を語り出す、そんな映画。

 猪山直之(堺 雅人)は、幕末の加賀藩に仕える「算用者」という会計係だ。武道はからきし。でも直之の記す帳簿は、お城の誰よりも正確である。

 ある日、帳簿の矛盾から、直之は上司が公の米を横流ししていることに気づく。当時、地方藩士は幕府との付き合いにかかるお金の工面に苦しんだ、と聞いたことがあるけれど、そういう背景があったのかもしれない。 上司にありのままを伝える直之。「不正にメス。いいぞ!」と熱く観みていると、彼の正義はスライドして、家計簿を使って自分の家の財政を立て直す方に進んでゆく。「人が死んでも、世が動くときにも、父上はそろばん馬鹿ですか!」後継ぎの息子・成之(伊藤祐輝)に堅物ぶりを問われる直之だったが、涙を捨てても、家の借金を減らしていかなければならなかった。でも考えてみてください。上司に煙たがられるくらい厳しい直之が、自分の家の経済再建にうごくと、家族は一体どうなるのかを。

 節約につぐ節約。お膳にあがるおかずは日々貧しくなり、老いた父母は着物や趣味の道具を手離し、子どもは落としたお金を這はいつくばって探す緊縮財政生活が始まった。そんななかでも、私は幕末の下級武士の家庭料理はこんなだったのかと、たこの煮たのとか、たらの昆布じめに惹ひかれた……。「貧乏と思えば暗くなりますが、工夫だと思えば」という賢夫人のお駒(仲間由紀恵)は、染め屋から猪山家に嫁いだ。働きもので、武家の奥方の作法にはどこ吹く風と、台所で立ち働いたり、路地でお豆腐売りから買い物もしたりする。家事のときには赤い丸や井桁の着物、祝いの節句には、加賀友禅のやわらかい着物。はんなりとした着物や帯がたくさん出てきて愉たのしめた。なかでも姑しゅうとめ(松坂慶子)の手離した、幾つもの色で染めた豪華な友禅をめぐって、姑を思いやるお駒の行動は印象的だった。

 江戸時代というと、時代劇で観るかけはなれた世界のように思えるけれど、古書店で見つかった、本物の家計簿がもとになっているこの映画は、役所勤めのご近所一家の話のように、温かく身近だ。記録を残しておくことの大切さ。今、家にある紙の家計簿をとっておいたら、未来でどう読まれるか、想像すると愉しい。

文、イラスト=浅生ハルミン

イラストレーター、エッセイスト。著書に『私は猫ストーカー』(洋泉社)、『三時のわたし』(本の雑誌社)などがある。これまでのイラストレーションの仕事を展示する企画展が、町田市民文学館にて2021年秋に開催予定。

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