浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア23 『放浪記』の草笛光子

『放浪記』の草笛光子

『放浪記』 1962年公開、成瀬巳喜男監督作品。林 芙美子の自伝的小説を菊田一夫が舞台化し、その舞台脚本を元にしてつくられた。ふみ子の着物やメイクは、高峰秀子自身が演じ方を含めて考案した。

 化粧水や肌着を担いで売り歩く貧しい行商人の娘として生まれたふみ子(高峰秀子)が、人気作家になって身を立てるまでの奮闘記。ふみ子の胸の中にいつもある言葉は「ばかたれ!」だ。警官にからかわれている父を見て「ばかたれ!」と叫ぶまだ幼いふみ子。その言葉は幼くして、自分の不遇を生んだすべてに向かって叫ばれた。やさぐれた気持ちが、不機嫌なへの字眉毛やふてぶてしい話し方、猫背の姿勢となり、麗しいデコちゃんが身だしなみひとつでこんなに負のオーラの塊になってしまうんだ、と度肝を抜かれた。

 ふみ子は「ばかたれ!」を原動力にして、誰の力も借りず一人で生きるなか、唯一の心の支えは本を読むことと書くことである。カフェーで働き、なけなしのお金で本を買い(部屋の片隅の林檎箱で作った本棚がよかった)、寸暇を惜しんで詩を書き、文学への野心を燃やす。女給仲間もまた、箪笥の着物を質に入れて金策するという、みんなしてかつかつの日々だ。

 ある日、ふみ子の才能に気づいた作家や編集者が文芸サークルに誘う。初対面でも才能第一で「書かない?」と持ちかけたり、サークル内で恋愛が始まったりするのも、なんだか夢があるがおめでたい人たちのように思える。そのなかでふみ子の恋愛は長続きしない。ふみ子が張り切るほど嫌がられてしまう。

 着物を通して見ると、ふみ子とライバルの女優兼詩人・日夏京子(草笛光子)の好対照なスタイルが見事だ。京子には裕福なパートナーもいて美貌もある。三日月のように整った眉や、モダンにセットした髪型、堂々と華やかな顔立ちもくらくらするほど輝いている。コントラストのはっきりしたモダンな着物と帯、びしっと体に合わせた着つけが素晴らしく、一分の隙もない美しさ。ふみ子のほうはぶかぶかで、幅広すぎるおはしょりは「サイズが合ってないんだな、着物を仕立てるお金も余裕もないんだな」と一目瞭然。自分の立ち振る舞いを外側から見たことがないふみ子は、やさぐれたオーラの塊なのに本人はまったく無頓着なのだ。

 夫のために張り切ってかえって嫌われる不器用なふみ子と正反対で、京子は敏腕で裕福な男の懐で寛くつろぎ、猫のように悠々とした表情。そのうえ女優だから、外側からの視線を意識するプロである。どちらが幸せかという考えが発動し始めるけれど、そんな比較はふっ飛ぶくらい見事な二人だった。

文、イラスト=浅生ハルミン

あさお・はるみん 三重県生まれ。イラストレーター、エッセイスト。著書に『私は猫ストーカー』、毎日3時ごろに何をしていたかの日記『三時のわたし』など。現在NHK Eテレ『又吉直樹のヘウレーカ!』のイラストを担当中。

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