文様のふ・し・ぎ 20 蛍

『七緒vol.58』 文様のふ・し・ぎ 蛍

3年前、東京から福島県へ移住したその年の夏のはじめ。町で蛍を見ることのできる場所があると聞いて出かけたことがある。ちょうど見頃の時期を迎えていたということもあり、さぞかし大勢の見物客がいるだろうと思いきや、私たち夫婦以外は他に誰もいなかった。林に囲まれた静かな田園地帯。しばらく目を凝らしていてもなかなか慣れないほどの暗闇の中、シトシトと小雨も降り出し、なんとも言えない心細さと怖さがこみ上げてきた。いよいよ帰ろうかと思っていると、暗闇の向こうから頼りなげな青白い光がふわりふわりとあちこちから浮かび上がってきた。それはまるで音がない光の演奏のよう。それまでの不安な気持ちは何処へやら。いや、不安は頭の中で考えまいとしていたのかもしれない。怖さと美しさが共存するその涼やかな淡い光に魅せられながら

文=長谷川ちえ
エッセイスト、器と生活道具の店「in-kyo」店主。2019年7月にはデザートの器展を企画。詳細はhttp://in-kyo.net/


イラスト=山本祐布子

Vol.58はこちら