えんぎもの 2018秋

 都心の一等地、麻布に「狸穴(まみあな)」という地名がある。こんな大都会にたぬきの巣穴とはどういうこと? 実はその昔、麻布界隈(かいわい)は文字通り麻や浅茅(あさじ)が生い茂る草原だったという。江戸でもどこでも、たぬきはごく身近な存在だったに違いない。人間に化けたたぬきの話は枚挙にいとまがないし、そういえば最近、皇居のお堀端でたぬきの親子を見掛けた。

 身近な「たぬき」といえば、信楽(しがらき)焼のたぬきだ。居酒屋やそば屋に多く見られるからには、なにか縁起を担いでいるのだろう、と思ったら、まさにそのとおり。たぬきは、他(た)を抜く、すなわち秀でた存在である、とされ、繁盛や開運、出世、金運アップを連想させた。

 その縁起のいい身近な動物をモチーフにした信楽焼のたぬきは、決まって笠(かさ)をかぶり、徳利(とくり)と大福帳を抱えている。「八相縁起」といわれるスタイルである。思いもよらない災難から身を守ってくれる「笠」をかぶり、周囲に気を配り正しく物事を見る「大きな目」や、愛想良く、いつも笑顔でいる「顔」を持つ。飲食に恵まれて人徳をつける「徳利」と世渡りに欠かせない信用第一の「大福帳」は必須アイテム。落ち着きがあり、大胆に決断する「大きな腹」。金運に恵まれ、お金に困らない「金袋」。何事にも大きく構え、しっかりと身を立てることのできる「太い尻尾」……なんとまぁ、縁起の大盤振る舞いではなかろうか。

イラスト=川口澄子 文=編集部

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