第二十八回 「聖徳太子及び天台高僧像十幅のうち 最澄」

第二十九回「聖徳太子及び天台高僧像十幅のうち 最澄」

衣鉢を継ぐ、という言葉がある。日頃さほど意識して使うことはないが、本来その語は、僧が身命を賭して追い求める仏法の真理が、師か 本来の袈裟は、インドの仏教修行者がほかの宗教の修行者と自らを区別するために定めた「制服」から始まった。釈尊が遊行中に目にした水田のような衣を作るよう指示したことから、方形の布片をつなぎ合わせ、1枚の大きな布地に仕立てたものをまとうようになったと伝わる。ただし出家者は財産の私有を厳しく禁じられている。そのため生地は托鉢で得るか、もはや汚物を拭う程度の役にしか立たない布切れを拾い集め、縫いつないだものがふさわしいとされた。こうした端切れの寄せ集めは、黒とも褐色ともつかない、濁った色合いを呈する。その混沌とした色を壊色じきといい、サンスクリット語ではカシャーヤ(=袈裟)といった。

 仏教の普及と共に、袈裟= 糞掃衣は広く古代東アジアで着用されるようになる。本来は出家者集団が守るルールに従って作られるものだが、インドとは気候風土が異なるため、中国や日本では実用的な衣服ではなく、仏弟子として威儀を整えるための特別な服へと変化していった。

 

 日本における天台宗の開祖、最澄の肖像画の制作は11世紀。一部に補彩はあるものの、最も信頼できる肖像遺品と見なされてきた。ここで最澄がまとう袈裟は、刺し目が見えることから、「刺納袈裟」であろうと考えられる。「刺納」とは、布片や繊維を縫い留めること。描かれたそのものではないが、最澄が教えを受けた中国・天台山仏隴寺の行満から受け継いだとされる国宝《七条刺納袈裟》が、巡回会場の一つ、京都国立博物館で展示される。

 

 ほかの多くの袈裟が色鮮やかな染織の端切れを用いているのに対して、この袈裟は目の粗い濃茶の麻布を下地に、白・白茶・薄紫に染めた、まだ織る前の麻の繊維を載せ、麻糸で刺し子のように縫い留める。行満は天台宗第六祖湛然から相伝したという淡い色糸の集積は、濁ることなく色の曼荼羅らを描き出す。この袈裟について染織家の志村ふくみは、「それは、あまりにも美しいが、美と呼ばれるものではなく、この世に顕現されるおのずからなるものとしかいいようがない」(『ちよう、はたり』ちくま文庫)と書いた。

 

 

 

文、選定=橋本麻里

はしもと・まり  日本美術を領域とするライタ ー 、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。「有職(ゆうそく)組紐 道明」をテーマにした展覧会を仕込み中。ただし展示は海外、その上コロナ禍の影響で延期の可能性もありと、先が見えない中で準備中です。

 

 

伝教大師 1200 年大遠忌記念 特別展『最澄と天台宗のすべて』

会場/東京国立博物館 平成館 (東京都台東区上野公園 13-9) 会期/2021年10月12日(火)〜11月21日(日) ※《聖徳太子及び天台高僧像 十幅のうち 最澄》の東京会 場展示期間は10月12日(火)〜11月7日(日)。 開館時間/9:30〜17:00 休館日/月曜 観覧料/一般2100円(前売日時指定券)、2200円(当日券) ※オンラインによる事前予約制。会場にて若干数当日券を 販売。ただし販売終了の可能性もあり。 問い合わせ先/☎050-5541-8600(ハローダイヤル) https://saicho2021-2022.jp/ ※本展は東京の後、福岡(九州国立博物館/2022年2月8 日[火]〜3月21日[月・祝])、京都(京都国立博物館/2022 年4月12日[火]〜5月22日[日])を巡回。京都会場では《聖 徳太子及び天台高僧像 十幅のうち 最澄》《七条刺納袈 裟》を展示。 ※最新の情報はHPをご確認ください。

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