第二十五回 霊元天皇即位図屏風

第二十五回 霊元天皇即位図屏風

天皇の即位式を彩る至高の赤い衣

 二〇一九年初春、本作の初公開となる展示が京都国立博物館で行われた。多くの人を驚かせたのは、恐らく日本の絵画史上初めて、天皇の顔がはっきりと描かれた作品だということだ。右隻は寛文3(1663)年、10歳で新帝として践祚した霊元天皇の即位式を、対となる左隻には、その約3カ月前に行われた後西天皇の譲位式の様子が描かれる。光格天皇以来、約200年ぶり(日本国憲法に基づく皇室典範には「皇位の継承は天皇の崩御によってのみ行われること」と規定)となる、御代替わりを経ての徳仁天皇の即位という状況は、この屏風と不思議なほど一致していたわけだ。


 屏風に描かれたのは、即位式のクライマックスシーンだ。紫宸殿の中に据えられた高御座に座す霊元天皇から見て鬼門(丑寅)の方向には摂政の二条光平が控え、天皇の前には女官たちが団扇型の翳を差しかける。そして合図と共に翳を下げると、天皇の姿が初めて群臣の前に現れた。幼いながらも威儀を正したその姿は、私たちが令和の即位式で見たものと、いささか異なるはずだ。即位礼正殿の儀で高御座に昇った天皇の装束は、「黄こう櫨ろ 染ぜんの御袍(束帯)」。男子第一の正装が束帯であり、身分によってその上着の色(位色)が異なる。天皇の位色は黄櫨染で、さまざまな公事(政務や儀礼)で黄櫨染束帯を着用した。公事の中でも最も重要と見なされたのが、即位式(一代一度)と元旦の朝賀(一年一度)で、そこでは平安時代初期から天皇のみに許された特別な装束、冕べん服ぷくをまとった。やがて10世紀頃に朝賀が廃絶すると、冕服をまとうのは天皇の生涯にただ一度、即位式のわずかな時間だけとなり、明治元年、明治天皇の即位式ではこれを廃して、黄櫨染束帯が採用される。


 冕服とは、被り物の冕冠、肌着(大口、単)、下着(衵、表袴、褶、小袖)、上着(大袖)、装身具(引帯、綬、玉佩)、持ち物( 牙笏)、履物( 錦襪、舃) からなる、一具の装束。中国唐時代の服制に準じたもので、皇帝を象徴する太陽の色、赤色を基調とし、上着には日じつ月げつ星辰、大龍、龍、山、雉子、焰など12種の文様を施す。冕冠は黒羅製の冠本体の周囲を櫛くし形と押し鬘で飾り、頭頂に冕板とよばれる長方形の板を載せ、その前後に5色の珠を連ねた糸縄を垂らし、三さん足烏( 八咫烏)を配した水晶製の日輪の飾りを立てる。屏風全体を見ると、実は即位式を見物に来た庶民の姿も描かれている。当時は一般に公開されていたというその大らかさも、現代とはひと味違うところだろう。

文、選定=橋本麻里

はしもと・まり  日本美術を主な領域とするライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。金沢工業大学客員教授。自然科学・工学稀覯(きこう)書を収蔵する「工学の曙文庫」の運用・普及に当たる。著書に『SHUNGART』(小学館)ほか。今号では「着物タイムトラベル」鼎談にも参加。

 

 

御即位記念 特別展 皇室の名宝

会場/京都国立博物館 平成知新館
(京都府京都市東山区茶屋町527)
会期/2020年10月10日(土)~11月23日(月・祝)
※会期中、一部の作品は展示替えあり。
開館時間/9:30~18:00
(最終入場は閉館30分前まで)
休館日/月曜
(11月23日[月・祝]は開館)
観覧料/一般1800円
問い合わせ先/☎075-525-2473
(テレホンサービス)
https://meiho2020.jp/
※最新の情報はHPをご確認ください。

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