第二十二回 新富町 築地明石町 浜町河岸

〔 清方最高峰の3部作、44年ぶりの一般公開! 〕

 近代日本画壇における美人画の名手として、上村松園と並び称されるのが鏑木清方だ。浮世絵系の絵師・水野年方に、12歳で入門。17歳頃から、家業の新聞を皮切りに、地方新聞や雑誌などに挿絵を描き始め、瞬く間に人気挿絵画家となった。泉 鏡花との出会い、少年の頃からの樋口一葉への傾倒など、文学に深い共感を抱いていた清方は、「消えゆく江戸、明治の郷愁」を生涯のテーマとして、30代後半には画壇での地位を確立。93歳で没するまで、浮世絵の中の美人たちの面影を宿した、風俗画を描き続けた。そんな清方の代表作として知られる《築地明石町》は、昭和46(1971)年に切手の図柄にもなり、知名度もひときわ高い。ところが昭和50(1975)年、サントリー美術館での展覧会で公開されて以降、その行方がわからなくなっていた。もともと《新富町》《浜町河岸》との3部作で、展示する際には、清方が所蔵者へ直接依頼し、会場へも清方自身、あるいは所蔵者が自ら持参することになっていたという、別格の扱いの作品である。しかし昭和47(1972)年に清方が亡くなった後はその手立てが失われ、行方もわからなくなってしまった。それらが再発見された、というニュースの駆け巡ったのが、今年6月のこと。3作を所有していた個人から、画商を通じ、東京国立近代美術館がまとめて買い取った。お披露目となる今回の一般公開は、何と44年ぶりの機会となる。まず指を屈される《築地明石町》のモデルは、清方夫人の女学校時代の友人で、泉 鏡花の紹介で絵を習いに来ていた女性。単衣(ひとえ)の小紋に黒縮緬(ちりめん)の羽織姿で、髪はイギリス巻(夜会巻)に結い上げる。早朝の寒さにふと衿をかき寄せ、振り返る一瞬をとらえた、「昭和の見返り美人」だ。《新富町》は黒衿の古風な普段着をまとった地味な姿に見えるが、シックな色目の羽織には精緻な小紋、チラリと見える羽織裏は鮮やかな朱色。袖や裾から覗(のぞ)く襦袢ば(じゅばん)には紅葉と菊があしらわれ、と花柳界の女性らしい、粋な着こなしだ。《浜町河岸》は一転、桃割れの髪に、モダンな薔薇(ばら)と鹿(か)の子の簪(かんざし)をさし、舞扇を手に踊りの稽古から帰る途中の、若々しい娘を描く。年齢や社会的立場を着物で表現しつつ、それらが引き立てる白い肌、ほのかに灯(とも)る紅、けぶるような額や衿足まで丹念に描き、個性豊かな女性美を写し取っている。

 

 

     

文、選定=橋本麻里

はしもと・まり 日本美術を主な領域とするライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。今秋から金沢工業大学客員教授に就任、自然科学・工学稀覯(きこう)書を収蔵する「工学の曙文庫」の運用・普及に当たる。著書に『SHUNGART』(小学館)ほか。

 

 

鏑木清方 幻の《築地明石町》特別公開

会場/東京国立近代美術館 所蔵品ギャラリー第10室
(東京都千代田区北の丸公園3-1)
会期/2019年11月1日(金) ~12月15日(日)
開館時間/10:00~17:00  金曜、土曜は~20:00 (入館は閉館30分前まで)
休館日/月曜 観覧料/一般800円
問い合わせ先/☎03-5777-8600 (ハローダイヤル)

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