第十九回 美人図 

〔 着物や帯の柄に隠された意味 〕

2000年代に入ってからの、伊藤若冲を筆頭とする「日本美術ブーム」。そもそもの導火線となったのは、美術史家の辻 惟雄(のぶお)が1968年に『美術手帖』で「奇想の系譜・江戸のアヴァンギャルド」として連載、70 年に単行本化された『奇想の系譜』だ。その中で取り上げられた岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白(しょうはく)、長沢蘆雪、歌川国芳6名に、白隠慧鶴、鈴木其一を加えた、総決算としての大規模な展覧会「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」が開催される。その中から今回注目したいのが、曾我蕭白の「美人図」だ。

 若冲や円山応挙と同時代の京都で活躍した蕭白は、早くに両親を失い、家業の紺屋も潰れ、天涯孤独の身から絵師として出発した。ともすれば権威あるものに対して皮肉な態度を示す蕭白を、人は時に「邪道に陥った者」、またある時は「世間は狂人と見なす」と評した。

 なるほど、水墨に長(た)け、濃彩を施した作品の少ない蕭白の中でも、この「美人図」はとりわけ異彩を放っている。卑しからぬ出の婦人と思われる髪型を結いながら、焦点の定まらぬ眼(め)に、幾度も引き裂いた手紙――恐らくは恋文を口元に咥(くわ)え、鮮烈な赤い蹴出し(腰巻の上に重ねて巻きつけ、上着の裾が汚れたり破れたりすること、足が露あらわになることを防いだ下着)から伸びた白い足は裸足(はだし)で、よく見れば爪に泥が詰まっている。凡百のグラビア風美人図とはまったく違う、叶(かな)わぬ恋情から狂気の淵へ追いやられた女の、美しくも凄(すさ)まじい姿なのだ。

 よく見れば、着物に描かれた意匠は中国的な山水画で、左袖口の騎馬人物から滝、落雁(らくがん)、船中人物と、裾に至るまで展開していく。女性の背後に咲き誇るのは蘭(らん)。蘭と言えば、中国戦国時代の楚その詩人・屈原が、『楚辞』の中で高潔な君子に譬たとえた花として名高い。こうした手がかりから美術史家たちが読み解いたのは、蕭白がこの当世風美人を、祖国の滅亡を悲しんで川に身を投げた屈原に見立てて描いた、というものだ。確かに浮世絵では古典文学や説話類に題材を得つつ、当世風の風俗に則(のっとっ)て描くことが頻繁に行われている。さらに本作は、後の上村松園「焔(ほのお)」に影響を与えたことでも知られる。古代中国の詩人から得たインスピレーションを江戸時代の女性に託し、大正時代にはその面影が、六条御息所の生霊の凄愴(せいそう)な美に宿った。強烈なインパクトを持つ芸術作品はこうして、時代を超え、ジャンルを超えて、響き合いながらつながっていくのである。

 

 

     

文=橋本麻里

はしもと・まり 日本美術を主な領域とするライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。春の目玉は、国宝「曜変天目茶碗」3碗が、奈良国立博物館、M I H O MUSEUM、静嘉堂文庫美術館という、日本の東西で惑星直列的に同時に展示される、4月13日~5月19日の期間です。

 

 

奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド

会場/東京都美術館(東京都台東区上野公園8-36)

会期/~2019年4月7日(日)

開室時間/9:30~17:30 金曜、3月23日(土)、30日(土)、4月6日(土)は~20:00

(いずれも入室は閉室の30分前まで)

休室日/月曜 (4月1日〈月〉は開室)

観覧料/一般1600円

問い合わせ先/℡03-5777-8600(ハローダイヤル)

https://www.tobikan.jp/

美人図 本作の発想の源に、謡曲「藍染川」を見る説もある。またぼろぼろの手紙を読む女の画題は勝川春章にも。屈原に、東京美術学校を追われるように辞職した師・岡倉天心の姿を重ね、横山大観が描いたのが、代表作の「屈原」。

 

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