第十四回  あやめの衣

〔 洋画の技法で描く日本女性の美 〕

 

 

近代洋画の巨匠として知られる岡田三郎助については、2017年初め、これまで美術関係者にもほとんど知られなかった明治時代のアトリエ(東京・恵比寿)が、出身の佐賀県立博物館横に移築されることに決まったというニュースが、報道を賑(にぎ)わせたばかり。

 

岡田は黒田清輝の指導を受けながら研鑽(けんさん)を積み、明治29(1896)年に白馬会の創立に参加。東京美術学校に新設された西洋画科の助教授に就任し、翌年には西洋画研究の第1回文部省留学生として渡仏、黒田の師であるアカデミズムの画家、ラファエル・コランに学び、帰国後は東京美術学校で後進の育成にあたった。その中には、 14歳で岡田の画塾へ通いはじめ、師から「紫の使い方に示唆を受けた」という言葉を残すいわさきちひろもいる。件(くだん) のアトリエは、まさにその画塾「女子美術研究所」の教室として使われていたものだ。

 

大正元(1912)年、岡田は藤島武二と「本郷洋画研究所」を設立。大正期に入ってからは、柔らかな光の注ぐ風景の中の裸婦を描いて、日本女性をモデルとした裸婦表現を追求した。師のコランから学んだ独自の女性表現の、もっとも優れた形での結実として挙げられるのが《あやめの衣》だ。黒髪を結い上げ、うなじから背を半ばまでさらす若い女性の肌は、透明感に満ち、瑞々(みずみず)しく張りつめている。油彩で描かれたその体躯(たいく)は、江戸時代の浮世絵の美人画とは異なる肉感的なボリュームを感じさせる一方、まとった着物はどこまでもクラシックな日本の美を象徴しているかのようだ。小袖や振り袖などを数多く収集した三郎助は、美人画を描く際、こうした着物を効果的に用いて、洗練された装飾性を演出した。 

 

その池水に見立てた明るい藍色の地に、白く浮き上がる菖蒲(あやめ)の模様は、観る者に『伊勢物語』や、文芸に想を得た琳派(りんぱ)の意匠の数々を思い起こさせる。さらに朱赤の鹿(か) の子絞りの、腕から腰へ流れる線は、女性の肩の線、二の腕へ流れる着物の線と対照をなし、心地よいリズムをつくりだしている。その朱赤を映したかのような、耳を染める血色と共に、ただ清楚(せいそ)なだけではない、血の通った人間としての女性像が、これも伝統的な日本の絵画に見られる黄金色の背景に、印象的に浮かび上がる。《あやめの衣》はタイトルからして、衣を前面に押し出しているように思えるが、画家が真に描こうとしているのは、いずれが菖蒲、燕子花(かきつばが)と讃(たた)えられる日本女性の、なよやかな中に芯の通った姿なのである。

 

 

 

文=橋本麻里

 はしもと・まり 日本美術を主な領域とするライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。著書に『美術でたどる日本の歴史』全3巻(汐文社)、『京都で日本美術をみる[京都国立博物館]』(集英社クリエイティブ)、編著に『日本美術全集』第20巻(小学館)ほか多数。

 

 

 

「開館120周年記念特別展覧会国宝」

ポーラ美術館開館15周年記念展

100点の名画でめぐる100年の旅

 会場/ポーラ美術館

(神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285)

 会期/~2018年3月11日

 開館時間/9:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)

 会期中無休 入館料/大人1800円

 問い合わせ先/℡0460-84-2111

 http://www.polamuseum.or.jp/