第八回 京の舞妓   

〔近代画壇の舞妓(まいこ)ブーム〕

 だらりの帯に絞り文様の振袖、赤衿をつけ、割れしのぶに結った髪に華やかなかんざしを挿した姿は、一目でそれとわかる舞妓の約束事だ。

 近代日本画壇には、「舞妓」信仰とでも呼ぶべき不思議な熱の満ちていた時代がある。日本画ばかりでなく、洋画壇の覇者、黒田清輝からして、フランスから帰国直後の明治26(1893)年に、それまで洋画日本画を問わず、日本に存在していなかった色調、タッチを用いた「舞妓」を発表している。鴨川の水面に反射する光の中、衣装の色彩が鮮やかに映える画面は、明治時代の人々の目を驚かせたことだろう。

 日本画も負けてはいない。今回取り上げた速水御舟、土田麦僊(ばくせん)、岡本神草、上村松園ら錚々(そうそう)たる絵師たちが、競い合うように舞妓を描いた。それは松園が昭和9(1934)年の大阪朝日新聞に、「京の舞妓の面影は、他のものの変り方を思えば、さして著しくはありませんが、それでもやはり時代の波は伝統の世界にもひたひたと打ち寄せているようです。髪の結方とか、かんざしとか、服装の模様とかが、以前に比べると大分変って来ています」と慨嘆し、「今のうちにこの亡びゆく美しさを絵に残しておきたい」と書いたように、急速に失われようとしていた日本美の面影をとどめたいという、ひたむきな願いだったのかもしれない。

 明治の初めの舞妓の姿を称揚する松園に対して、大正9(1920)年、東京住まいの速水御舟もまた、舞妓を描いている。御舟といえば、南画的な作風から出発し、のちに写実を追求するようになった絵師だが、当時の日本画壇では京都の絵師たちの動きが先行していた。表情を白く塗り込めた舞妓の眼差(まなざ)しには、日本的な写実について、まだその理解のとば口に立ち、実現のために試行錯誤していた御舟の、苦闘の気配が感じられるのではないだろうか。

文=橋本麻里

 

はしもと・まり 日本美術を主な領域とするライター、エディター。明治学院大学非常勤講師。公益財団法人永青文庫副館長。『京都で日本美術をみる 京都国立博物館』(集英社クリエイティブ)、共著に『SHUNGART』(小学館)ほか著書多数。

「東京国立博物館総合文化展」

会場/東京国立博物館(本館18室にて展示)

(東京都台東区上野公園13-9)

会期/2016年8月2日 ~ 9月11日

開館時間/火~木9:30~17:00、

特別展開催中の金曜と8月の水曜は~20:00、

土曜日曜祝日休日は~18:00

(いずれも入館は閉館時間の30分前まで) 

休館日/月曜(祝日の場合は翌火曜休み、8月15日は開館)

入館料/一般620円

問い合わせ先/☎03-5777-8600(ハローダイヤル)

http://www.tnm.jp/