『千羽鶴』川端康成

ノーベル文学賞の対象作品の一つである『千羽鶴』は、茶道の世界観が主軸で、日本の美しい情緒が漂う作品。菊治という二十代の青年と、彼を取り巻く四人の女性たちの複雑で妖しい関係が描かれています。
物語は、鎌倉・円覚寺でのお茶会の場面から始まります。お茶の先生である栗本ちか子が主催で、着物姿の若い令嬢が集い華やかな雰囲気。菊治は桃色のちりめんに白の千羽鶴の風呂敷を持った稲村ゆき子に心惹(ひ)かれます。ちか子も彼女を菊治に引き合わせようとしていたのですが、菊治の亡き父の愛人だった太田未亡人と娘の文子もお茶会に参加していたので雲向があやしくなります。そもそもちか子も菊治の父の愛人で、内心菊治はあつかましいちか子のことを疎ましく思っていました。菊治は子どもの頃、ちか子の胸にある大きな黒いあざを見たことがあり、以来、毛が生えたあざのイメージが呪いのように頭から離れなくなってしまいました。美しく繊細な物語に、ところどころホラーテイストが漂います。
お茶会後、菊治は太田未亡人に待ち伏せされ、しめやかに父の思い出を語り合ううちに深い関係に。四十五歳の熟女と肌を重ね「自分の男の目覚め」に驚きます。行為のあと、菊治はちか子のあざの祟(たた)りについて未亡人に語り、気味悪がられます。しかし物語は呪われた展開に。菊治に執心するようになった未亡人は、娘の文子に止められても彼に会いに行こうとします。ある時は傘をささずに泣きながら玄関に立っていたことも。父の茶室でお茶を立てたあと、気を失うように菊治のほうに倒れる未亡人。「なんて罪深い女なんでしょうねえ」と涙を流し「ああ、死にたい。死にたいわ」と言っていた通り、その日の夜中に帰らぬ人に……。
残された文子と菊治は、罪の意識で思い煩います。文子は母愛用の志野の湯呑(ゆの)みを持参、白い茶碗(ちゃわん)の口をつける部分が、太田未亡人の口紅のしみのような赤茶色に染まっているのを見て、心が乱れる菊治。後日、文子が菊治の家を訪れてその茶碗でお茶を立てようとしますが、茶筅(ちゃせん)を持った手が動かなくなり「お母さまが、立てさせませんわ」と一言。菊治は呪縛で動けない文子の肩をつかみ、文子も抵抗なくそのまま関係を持ちます。文子は亡き母が宿っているような茶碗をつくばいに叩(たた)きつけて割ってしまいました。これで呪いは解除されたのでしょうか……。
菊治が思い浮かべるゆき子の風呂敷の千羽鶴は、病気平癒や厄除(よ)け、平和の象徴でもあります。太田未亡人の恋の病や菊治にまとわりつく念を浄化してくれる、救いの象徴なのでしょうか。
しんさん・なめこ 漫画家、コラムニスト。近著に『この人生、前世のせいってことにしていいですか』(幻冬舎文庫)など。「5月下旬に畏れ多くも『文士劇 風と共に去りぬ』に出演させていただきました。この春は毎週稽古に励んでおりました」
文、イラスト=辛酸なめ子