染め織りペディア34

「伊吹刈安」の照らす未来

日本武尊(やまとたけるのみこと)伝説で知られる伊吹山は滋賀と岐阜の県境にある。豊かな生態系が魅力の、日本百名山の一つだ。天然記念物のイヌワシを頂点とした生物多様性、加えて琵琶湖を望む南斜面中腹に広がる上質な石灰岩層の草原。日照と地質に適した植物の宝庫で、在来種は約1300種。近年はユウスゲの群生が有名だ。

が、染め織り視点ならば“伊吹山”刈安だ。奈良時代の『正倉院文書』や平安時代の『延喜式』にも残るこの地の刈安は、黄色の染料として重宝されてきた。ススキ似だが、丈低く、穂数が少ない。

「なぜ、ここの刈安なのかは山の環境と大いに関係します」とは、「ユウスゲと貴重植物を守り育てる会」(以下「ユウスゲ会」)会長の髙橋滝治郎さん。「伊吹山の南斜面には樹木がほとんどなく、高原の強い紫外線が当たるため、刈安は本能的にフラボンを増やします。これが黄色の色素なんです」。フラボンとは、フラボノイドの一種。いわば日焼け止め成分だ。刈安は自己防衛のために、濃い黄色を蓄える。その色はキラキラとまばゆい。

髙橋さんは伊吹山南麓で生まれ育ち、滋賀県庁で農政に関わってきた。仕事柄、地域の産物に関心が高く、しかも山男。在職中から山の植生を守る「ユウスゲ会」に参加していたという。

「僕は、会を始めた森壽朗さんから会長を引き継ぎました。森さんが刈安の管理もしていました」。森さんは30年ほど前、薄野(すすきの)と化していた伊吹山の植生復元に尽力した人だ。約10年でユウスゲなど在来種が復活したが、問題勃発。かつてスキー場もあった山の積雪量が温暖化で激減、鹿が増殖したのだ。鹿は、ユウスゲも刈安も、大半の草芽を喰(く)い尽くした。むき出しの土壌は脆弱(ぜいじゃく)で、2023年の夏、集中豪雨で土砂災害が起きた。

「待ったなしの状況下、行政や自治体が動き出し、また企業の協力も得て、本気の対策が始まりました」。中心的に植生管理をしていた3合目エリアには頑強な金属柵を巡らせて、鹿の侵入を防御した。

刈安を知ったのは、その1年前、地元で開かれた刈安染めの講習会がきっかけ。「私たちは、刈安から黄色が染まるなんて知らなくて、感動しました」とは会の主力メンバーである瀧澤朱実さん。

そのタイミングで森さんが染織家のために刈安を管理していると知り、髙橋さんと瀧澤夫妻で、管理、採取、加工の指導を受けることに。「3合目エリアに自生する刈安を採ります。最初はススキや笹(ささ)との区別もできず、森さんは“全部あかん”て(笑)」。当時、森さんはお元気だったが、翌年病に伏し、この6月逝去。ギリギリで技術を継ぐ結果となった。

髙橋さんら「ユウスゲ会」は、伊吹山の伝え手として地元の小学校で勉強会を開き、刈安の染色体験も始めている。

「伊吹山の植物で綺麗(きれい)な色を染められると知ることで、ここの土地に魅力を感じてもらえたら」。刈安の黄色は太陽の色。きっと明日を照らしてくれる。

文=田中敦子 イラスト=なかむらるみ

たなか・あつこ 手仕事の分野で書き手、伝え手として活躍。工芸展のプロデュースも。そういえば、初めて植物染め体験をした際に選んだ染料が刈安。幸福を呼び寄せそうな黄色で、帯揚げを染めました。

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