“繋ぐ”を繋ぐ「フノリ」の力

健康食品やコスメの原料として絶賛注目中の海藻「フノリ」は、古来糊(のり)材としても、さまざまな分野で重用されてきた。織物、表装、筆、唐紙、陶磁器の絵付け、漆喰(しっくい)……。奈良時代の献物の記録に残るフノリは、江戸時代になると全国各地で加工され、中でも三重県伊勢地方の「板フノリ」は品質の高さで知られ、この地では盛夏に畳1畳ほどの板フノリが作られてきた。が、現在、伊勢の東大淀(おいず)町内に2カ所、加工場が残るだけだという。
その1カ所を運営する、福井市内の「大脇萬蔵商店」をお訪ねした。「うちは、明治20年代に始まった福井の羽二重織りに使う板フノリを製造するため、同時期に創業しました」とは五代目の大脇豊弘さん。羽二重織りは白く滑らかな絹織物で、着物の裏地として知られるが、当時は輸出絹地として福井は大いに栄えた。
板フノリは、タテ糸のサイジング(織る際に糸が摩擦で毛羽立たないよう糊付けすること)に使う。「創業当時から加工場は伊勢。織物に使うフノリ加工が盛んな土地に、織物産地から進出した形です」
伊勢は晴天日が多く、水はけの良い土地。また、ひじきやフノリなど海藻の天日干しに長(た)けている。だから長く加工地であり続けた。「初代は“我々も製造するなら伊勢”と判断したんでしょう」
が、なぜフノリなのだろう。粘る海藻は他にもある。「フノリは、どの海藻よりも陸地に近い波打ち際で育ちます。当然、干潮時には日に晒(さら)されるため、乾燥防止に保湿成分フラノンを蓄えます」。つまりヌルヌルの糊が抜群に多いのだ。
最盛期、福井には5軒のフノリ製造会社があったが、羽二重織りの衰退にともない、次々と廃業。「うちは、早い段階で、他素材の糊も扱ったから、生き残れました。フノリ需要も、今は食用が中心です」。それでも大脇さんは板フノリを製造する。なぜなら、「文化財の修理に上質な板フノリが不可欠だからです。使命感ですね」。
昔から品質のいいフノリは長崎県の五島列島や対馬からの仕入れで、これが表装された文化財絵画の修復に欠かせないという。「板フノリには、真布(真フノリ)と袋フノリの2種類を使いますが、真布は糊分が多く、糊材として上質。うちは昔から真布を多く使うため、文化財修理用として求められています」
原料は長崎、製造は三重、販売は福井。大脇さんは20年前家業に入り、以来毎夏伊勢に移動して約10日間、地元の人たちと炎天下で板フノリを製造してきたが、近年、その継承が危ぶまれている。採取や製造に携わる人の高齢化ゆえだ。
文化財は、50年後、100年後にまた修理が必要となる。その際に板フノリがなければ文化財を繋いでいけない。
「使う人や研究する人など、板フノリは応援団がたくさんいます。彼らと会って話を聞き、学んでいるところです」。後継者の育成やフノリの養殖にも取り組んでいるという。フノリは人も繋いでいる。
文=田中敦子 イラスト=なかむらるみ
たなか・あつこ 手仕事の分野で書き手、伝え手として活躍。伝統的工芸品公募作品展審査委員や帯留め展プロデュースも手がける。取材の延長で、鳥羽市立海の博物館へ。建築、環境、展示のすべてがツボでした。