浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア32 『好人好日』の笠 智衆

『好人好日』の笠 智衆

 『好人好日』は風変わりな大学教授(笠 智衆)が主人公の喜劇映画である。DVDジャケットの紹介文に書かれている通り、「変人」で偏屈な教授のほんわかした奇行が巻き起こす、小さな騒動の数々にハラハラし通し。なんて面倒なお父さんなんでしょうかと観ているうちに、私もこんな人になりたいと段々思えてきて、変人ですか? こっちが本当ですよ? と肩入れしたい気分になった。

尾関教授は奈良の大学で数学を教えている。「数学は人間の心の表現だ」と哲学的に生きている。だからなのか、お金持ちではない。体育座りをして飲むコーヒーが大好物。妻の節子さん(淡島千景)に咎められると大人気なく駄々をこねるが、笠 智衆が演じているのでほんわかする。節子さんは夫のことを呆れながらも尊敬していて、30年も連れ添う、『天才バカボン』のパパとしっかり者のママを思い出させる夫婦仲だ。娘の登紀子さん(岩下志麻)は奈良市役所勤務で、筆記用具の筆を洗うのが上手いと評判がいい。

 登紀子さんには同僚の竜二さん(川津祐介)との縁談が持ち上がっているが、悩みがふたつあった。彼が父の変人ぶりを受け入れてくれるかしらという懸念と、自分を産んでくれた実の両親に会ってみたいという願いだ。実は登紀子さんは戦災孤児で、「猫みたいにくっついてきた」のを尾関教授馴染みのお寺の和尚に拾われた。でも尾関夫妻のおかげで戦争で負った辛つらさを少しも感じさせない、すこやかな娘に育った。東大寺の大仏様を相手に、竜二さんはグレゴリー・ペックに似ていると思いますと惚気けながら人生相談をするほんわかした性格は育ての親譲りで、観ていると幸せな気持ちになる。この映画の登場人物は、ある二人を除いて全員が少し変で「天然」なのだ。その中に善人の魂がキラリと光る。盗みに やって来る泥棒(三木のり平)までがそうなんだから、もう最高です。

 お酒が好きな節子さん。教授が湯のみに注いでくれた一杯を「今日はいい日だ。こんないい日って二度とありませんよ」と、ぐいぐい飲み干す場面は、昭和枯れすすき的な男女の辛気臭さとはかけ離れた、新しい感じがした。

 登紀子さんのゆかた姿は、石に刻んで未来永劫に残しておきたいほど可愛いらしい。白地に紺色の菱形模様は板じめ絞りだろうか。薄桜色の帯を合わせ、団扇の若草色とアザミの絵も軽やか。絞りの大胆な渗みがフレッシュな感じでとてもお似合いでした。

文、イラスト=浅生ハルミン

あさお・はるみん イラストレーター、エッセイスト。おもな著書に『猫の目散歩』(中央公論新社)、『三時のわたし』(本の雑誌社)。近著に、江戸っ子たちがハマった趣味の世界を訪ねたイラストルポ『江戸・ザ・マニア』(淡交社)がある。

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