「世界を変える人、日本を変える人」 第4回
「いま、世界が資源としての雨水に注目しています」
村瀬誠さん(墨田区職員、“雨水博士”)
村瀬誠さんは多彩な顔を持つ。東京都墨田区の環境保全課環境啓発主査というのが通常の肩書きだが、海外では通称「雨水博士(Dr.Rainwater)」として知られる雨水利用推進の第一人者。NPO「雨水市民の会」事務局長や国際水協会雨水利用専門グループ副座長も務める。著書が英語のほか、ベトナム語、ポルトガル語、中国語、韓国語などに翻訳され、国際会議に招かれる機会も多い。雨水利用に取り組んで四半世紀。「雨水の活用が地球を救う」との信念でボランティア活動にも邁進する。型破りな公務員、村瀬さんに話をきいた。
――どういう経緯で雨水の利用を思い立ったのですか?
大学院で薬学を学び墨田区に入った私は、保健所で衛生監視員として働いていました。25年ほど前、区内では大雨が降るたびに下水道から下水が逆流し、地下の飲み水タンクが下水で汚染されるという問題が起こっていたのです。下水道は墨田区ではなく東京都の管轄ですが、なんとか住民の方々の役に立ちたいと仲間と自主研究をはじめた。そこでわかったのは、都市の水循環システムそのものに問題があるということ。東京の下水道は、降水量の5割が地中に浸み込む前提で作られている。アスファルトに覆われた都会では、雨水はわずかしか地面に浸透せず下水道に流れ込むため、それが都市型洪水を引き起こしていた。
その事実を知ったときはショックでしたね。自分たちに何ができるのかと悩んだ挙句、たどり着いたのは単純な結論です。「雨を流さずに、溜める仕組みを作ればいい」。墨田区の年間降雨量2000 万トンは、区民が1年間に使う水道水の量と同じ。貴重な水資源を使わずに捨てていたんですよ。「流せば洪水、溜めれば資源」。解決策はシンプルでした。
――そして、両国国技館に雨水タンクを設置するよう働きかけるのですね。
ちょうどその頃、両国に新国技館を作る計画が進んでいた。国技館の屋根に降る雨を溜め、冷房やトイレの水に使うことを提案しましたが、思うように理解は得られませんでした。最終的に墨田区長が日本相撲協会を説得し、1000トンの容量の雨水タンクを国技館に設置することができた。当時としては日本最大規模の雨水利用システムです。理論上は、この雨水で相撲興行時に必要な水の70%を賄えるし、洪水防止策にもなります。
国技館が突破口となり、各地で雨水利用システムの導入がはじまりました。現在、もっとも規模が大きいのは福岡ドーム。墨田区では、500平方メートル以上の土地を開発する場合は雨水タンクを設置することが義務付けられた。最近の気候変動によって短時間に集中して大雨が降るようになり、下水道が逆流する危険性は25年前より高まっているんですよ。また、韓国ソウルやドイツのサッカースタジアム、北京オリンピックの施設でも雨水利用が導入されています。
――事務局長を務めておられるNPO「雨水市民の会」は、バングラデシュでも活動されているそうですね。
世界には、安全な飲み水を確保できない人が11億人もいるんです。雨水を安全な飲み水として活用してもらうため、10年ほど前から技術を広げるべくNPO活動をしています。現地では池の水は汚れているし、井戸を掘っても地下水が有害な砒素や塩分で汚染されている。雨水しかない、と思っています。「Rainwater」 だと池の水を連想する人もいるので、我々は天水「Sky Water」プロジェクトと呼んでいます。天水は驚くほどきれいな水。竹筒で簡単に雨を集める仕組みをつくったところ、「Sweet waterだ!」と喜んでくれます。 
日本に降る雨はインドやバングラデシュの上空からやってくる。恵み雨を運んでくれるインドに困っている人がいるのなら、その手助けをして、少しでも恩返しをしたいと。世界の空はつながっているんです。地域のNGOと連携して安価な雨水タンクを開発、マイクロクレジットを活用して、希望する家庭に300基ほど設置しました。来年は現地に事務所を開きますが、持続可能な運営にするため、フェアトレード製品を販売したり、エコツアーを開発するなどして資金を確保する予定。「水商売」をはじめるんです(笑)。
――村瀬さんの名刺には「No More Tanks for War, Tanks for Peace」と書かれています。どういう気持ちを込めたのですか。
戦争なんかやめて平和になろう。Tanks(戦車)はいらない、雨水タンクを、という意味です。サインを頼まれると、この言葉を書いています。私の誕生日である3月22日は「国連水の日」。干支は丑ですが、牡牛座の星が輝き出すと雨が降り出すという伝説もあるそうです。きっと雨水と関わるのが宿命なのでしょう。
――墨田区の雨水利用政策を引っ張ってきた村瀬さんですが、「雨水法」制定も視野に、国も動き出したそうですね。
いま、世界が資源としての雨水に注目しています。以前は予想もしなかったことで、「時代の大きな波が向かって来ている。逃げちゃいけない」と思っています。日本では、今年8月、産官学民による雨水の貯留、浸透、利用を強化するためのプラットフォーム「雨水ネットワーク会議」が発足します。国土交通省や雨水利用自治体担当者連絡会、雨水事業者の会、日本建築学会などに、雨水市民の会も加わって、気候変動に伴う洪水や渇水、防災対策などを議論する。雨水利用が社会システムにビルトインされるよう尽力したい。公務員はもうすぐ定年ですが、やりたいことはたくさんあります。行政で培ってきたことを市民運動や国際協力活動で活かしていくつもりです。
おすすめコンテンツ
-
- プレジデント
- 近藤正晃ジェームスさん(特定非営利活動法人 日本医療政策機構)
- 「日本が名実ともに貢献できるグローバルヘルス分野に注目を」
-
- プレジデント
- 「環境力」と日本の明日
- [最終回] もし環境オリンピックが開催されたら、日本企業はメダルを狙える。しかし……











