2002年8月7日

第164回 むかし鯨、今おでん。そして

 
 
小池 哉 = 文
 
 
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むかし鯨、今おでん。そして

 子供の頃、登山やキャンプでリュックサックの中に必ず入っていたおかずは、鯨肉の缶詰でした。給食では鯨の立田揚げなどが献立としてよく出されましたし、家庭でも肉の代わりとして鯨ベーコンを使った料理をよく食べたものです。鯨は、牛肉や豚肉よりも身近な存在でした。

 しかし捕鯨が禁止されてからは、鯨はスーパーなどでもめったに目にすることができない“高級品”となってしまったのです。

 そもそも捕鯨が禁止されるようになったのは、1972年にストックホルムで開かれた「第1回国連人間環境会議」で、ベトナム戦争での枯葉剤使用が問題にされそうになったアメリカの「鯨の数が減っている」という発言がきっかけでした。鯨が“環境問題”として議論されるようになった結果、反捕鯨ムードが一気に高まり、1986年からは商業捕鯨ができなくなってしまったのです。

 今年5月に山口県下関市で開催されたIWC(国際捕鯨委員会)総会では、日本の捕鯨発祥の地である和歌山県太地町の浜中節夫町長から、

「何世紀にもわたる伝統的な食文化を後世に伝えていきたい」とのスピーチがありました。またパラオの代表からは、「小さな島国にとって鯨は貴重な食料であるということを理解してほしい」との発言がありました。

 実は捕鯨問題の大きな争点のひとつに、伝統文化・地域文化と“西洋化”の対立があるのです。反捕鯨国はアメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアなどの西洋文化の国で、畜肉を多く食べる国です。一方、日本をはじめとした捕鯨国は、魚を多く食べる国なのです。反捕鯨国にしてみれば、「なぜ我々と同じものを食べないのだ」ということなのでしょう。しかし、鯨を食べていたある南の島国では、捕鯨禁止後、羊肉が安く輸入され、海産物から脂分の多い肉食へと食生活が変わったことにより心臓病の患者が急速に増加した、という話を聞いたことがあります。捕鯨国にとって鯨は“サカナ”なのです。

 この総会で商業捕鯨の再開を目指す日本は、鯨の資源量を減らさない捕獲数を科学的に算出し、捕鯨を監視し管理していく改訂管理制度を提案しましたが、否決されてしまいました。鯨の種類によっては急速に数が増えた種もあり、その鯨の“食料”となる他の魚の減少が懸念されるようになっても、科学的データを無視しあくまで“政治的”な対立に終始してしまったようです。こうなっては、IWCのあり方そのものが疑わしいものに感じられてしまいます。

 われわれ大名登山隊の定番メニューといえば、おでん。日帰りでも小屋泊まりでも、テント泊のときでも、おでんは必ず持っていきます。同僚からは、「おでん山岳会と名前を変えたら」とからかわれたこともあります。

 先日、久しぶりに八ヶ岳に登りました。桜平から夏沢峠まで歩き、ヒュッテ夏沢に宿泊。到着後さっそく大名登山隊“お決まり”のおでんをつつきながらの乾杯。さすがに“鯨飲”はしませんでしたが、暮れていく山並を眺めながらのんびりとしたひとときを過ごしました。

 翌日は硫黄岳に登りました。快晴で、山頂からは北アルプス、中央アルプス、御嶽山、南アルプスが一望できました。ここから登山者たちは、赤岳方面に行く者、本沢温泉方面に行く者、天狗岳方面に行く者、赤岳鉱泉に行く者など、思い思いのコースを選んで楽しむのです。どのコースを歩く登山者が良くて、どのコースだと悪いなどということはありません。ただ登山道から外れることなく、ルールやマナーを守って行動すればよいのです。われわれは、峰の松目に登ってオーレン小屋側に下山するルートを選びました。

 そう考えてみると、自分たちの価値観を押し付けようとする反捕鯨国の態度は理解できるものではありません。つい最近までよく耳にしたグロ−バルスタンダ−ドなるものが、いかに相手のことを考えず、独善的で思い上がったものであったかが、よくわかります。

 鯨肉をつまみに乾杯することができるのはいつの日になるのでしょうか。子供の頃のように、リュックサックに鯨肉の缶詰を詰めて山に行きたいものです。おでんも忘れずにね──。

 
 

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