2009年3月31日
アメリカ発の金融危機で疑問に思うことがある。
アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)に代表される大企業の幹部社員の法外なコンペンセーション(高額報酬制度)のあり方についてである。90年代に入ってから、アメリカ大企業CEOの報酬は一般社員の300倍というレベルに達するようになった。「格差があり過ぎる」との批判は常につきまとう。そしてAIG幹部社員のボーナス問題が噴出した。
昨年、ブッシュ政権はベア・スターンズやリーマン・ブラザーズを見捨てたが、AIGを倒産させることはさらなる金融市場の収縮を招き、本格的な恐慌へとつながりかねないと判断して税金を注入して救済した。なにしろ、大恐慌時代の始まりだった1929年10月29日の「ブラック・チューズデー」から10カ月間で、744行が倒産している。恐慌が本格化した30年代には約9000行が破産の憂き目にあった。
そうした背景から、アメリカ政府はこれまで4回にわたって計約16兆円もの税金をAIGに注いだ。その中で幹部社員約400人が総額160億円ものボーナスを手にした。会社側は、社員との契約を履行しただけというが、国民の税金によって救われた企業の言い分ではない。億円単位のボーナスには誰しもが憤りをもち、不条理を感じた。ギャラップ調査によれば、「ボーナスを受け取った人がカネを返還する必要はない」と答えた人は12%に過ぎなかった。大多数のアメリカ人も日本人と同じ思いなのである。
そもそもAIGは、2000年あたりから新しい金融商品であるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)に事業のウェイトを置いていた。本来の保険業務から金融商品に頼り過ぎる流れができていた。政府の金融商品に対する規制が緩んだことも一因にある。金融機関は複雑な商品のカラクリを公開する義務がなかったため、一部の専門家にしか全体像がつかめず、損失が出ると雪だるま式に膨らんだ。
AIGが力を入れたCDSはあまりにもリスクが高く、著名な投資家であるウォーレン・バフェット氏は02年、CDSを「金融の大量破壊兵器」とさえ呼んだ。AIGはハイリスク・ハイリターンの金融商品に足元をすくわれ、07年暮から赤字を計上しはじめ、08年4四半期にはその額は約6兆円にまで膨らんだ。
それでも幹部社員は多額のコンペンセーションを受け取っていた。AIGが倒産すべきだったかの議論は別にして、この報酬制度について真義を問うべきであろう。
コンペンセーションはいまだに日本社会には馴染みが薄い制度である。日本でも一部大企業の役員が手にしてはいるが、一般社員がコンペンセーションの対象者として年収1億円を手にする文化は根づいていない。コンペンセーションとは基本給をはじめ、短期的インセンティブ、ボーナス、有価証券、ストックオプション、その他の手当てすべてを含んだ報酬の総称である。
競争の国アメリカらしいシステムであり、すでにヨーロッパ企業、インドの大手企業などに浸透している。2月、インドの大手IT企業のCEOにインタビューした時、優秀なエンジニアに多額のコンペンセーションを支払っていると述べた。
「雇用制度が日本型よりも欧米型に近く、柔軟性があります。これは優秀な人材が他社に簡単に引き抜かれることであり、転職率が高いということです。ですから高い業績を残した社員に給与面で適切な評価をし、高額の給料や利益配当を提供することで転職させない努力をしないといけないのです」
3月18日に連邦下院に召喚されたAIGのエドワード・リディ会長兼CEOは、ボーナスを支払わないと優秀な幹部社員が辞めてしまい、会社運営が立ち行かなくなると弁明。同じ論理である。しかし、そうした社員は辞めさせて、適額の年俸で仕事をするプロを雇うか訓練すべきだった。
ワシントンには「企業幹部コンペンセーション・センター」という団体があり、一部社員に対して積極的に高額報酬を支払う体制づくりをしている。同団体は大手企業250社によって作られ、高額報酬の正当性と法的根拠をさまざまな角度からサポートしている。
さらに、アメリカ証券取引委員会(SEC)は大企業に対してコンペンセーションの規制を設けてはいるが、基本的に報酬額を下げさせるという強制はしない。賃金体系の透明性を高めるために情報公開させるという方針で、数百億円のカネが企業トップに流れても致し方ないとの立場だ。民間企業である以上、報酬の額について、政府が関与すべきではないとの考え方である。
しかし連邦下院は違う。国民のAIGに対する怒りを法案に盛り込み、巨額のボーナスを受け取った社員を標的に、90%の付加税を課す法案を19日に成立させた。けれども、これは一時的に国民感情を和らげはしたが、国家が一部国民を懲らしめるために法律を作るという冷静さを欠いた動きになった。それを受けて、上院では法案の採決は見送られた。返還させるにしても、できるだけ自主的な形にさせるべきとの見方だ。事実、そういう流れが出来てきた。
民間である限り、役員会で決めたコンペンセーションの内容を履行することに他者は口をはさめない。だが、06年エクソン・モービルCEOのリー・レイモンド氏の約350億円や、大手製薬ファイザーCEOのヘンリー・マッキネル氏の約210億円という額は一般の社会通念からかけ離れている。10分の1のコンペンセーションで余生を送れる。また99%をアフリカの貧国救済や医学研究費に充てるのであれば納得できなくはない。
その点日本の終身雇用制に基づく給料体系は近年崩れつつあるが、見直されている。長期プロジェクトを同じスタッフで遂行できると同時に、優秀な人材であっても既存の給与体系内に留めておけるメリットがある。解雇がほとんどないという点も働く側としては大きな利点であり、アメリカの企業システムが常に秀逸でないことはAIG問題で立証された。
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