堀田佳男の「2008アメリカ大統領選ウォッチ」

2010年3月5日

 
 

「核」という言葉に、多くの日本人はいまだに警戒心を抱いている。

 核兵器に強い反感があることはもちろん、原子力発電であっても核燃料をつかった核反応による発電である以上、アレルギー反応を起こす人は少なくない。それは原発が今後も放射能漏れ事故を起こす可能性があることを知るからである。被ばく国としての鋭敏な思いもある。
 オバマ大統領は政権発足当初、日本人のこの気持ちを汲んでいると思えるほど、核への取り組みに前向きだった。2009年4月、プラハでの核兵器廃絶を宣言したのが象徴的である。
「私は核兵器のない世界の平和と安全保障を求めていくことを明確に、確信をもって約束いたします」
 アメリカの政治家としては稀にみる潔さだった。

 昨年、核弾頭と貯蔵核兵器を削減するため、ロシアと新たな戦略兵器削減交渉をスタートさせた。ノーベル平和賞はこうした潔さに授与されている。だが、オバマ大統領はまだ結果を残していない。これまで核戦略の実務と無縁だったオバマ氏は、核廃絶の宣言こそしたものの、今それが理想論に終わりかねない状況に直面している。
 というのも、今月中に策定予定の「核体制の見直し(Nuclear Posture Review:NPR)」で、私がつかんだ情報では、政権内が二極に割れているからだ。

 一極を成すのがゲーツ長官や国家安全保障会議(NSC)の高官たちである。彼らは核兵器削減には前向きだが、オバマ氏の「廃絶」には否定的な見方を示している。もう一極はオバマ大統領やバイデン副大統領のグループで、大幅な核兵器削減を実現しながら、その延長線上に「廃絶」の夢を置いている。
 対立軸を明確にすると、現実主義対理想主義といっていい。そうなると「核戦略の実務と無縁」のオバマ氏は理想主義者としてのジレンマに陥らざるを得ない。
 それは大統領であっても、安全保障問題ではペンタゴンの軍人や専門家たちから指示されざる立場にあるということだ。従軍経験のないオバマ大統領は、軍事問題では周囲から状況説明と選択肢を提示されざるを得ない。

 核兵器の廃絶が理念的に極めて重要であることは誰でも理解できる。アメリカ一国で実現できれば問題ないが、コトはそれほど容易ではない。政権内には核兵器廃絶をむしろ危険であると主張する者さえいる。
 敵対国が生物・化学兵器を使用するなどの喫緊の状況に直面した場合、アメリカが核兵器による先制攻撃をすべきかどうかがホワイトハウスで今話し合われている。NPRに使用の可能性を明記すべきかどうか、また攻撃する相手国が核保有国でない場合はどうするかも討議の対象である。
 こうした現実的なオプションを迫られるオバマ大統領は、ノーベル平和賞を授与されているだけに、強硬手段にうなずくわけにはいかないとの思いもある。だが、実際はどうだろうか。

 近い将来、NPRの報告書が公表された時、核兵器の先制攻撃というオプションが考慮された内容であれば、オバマ大統領がペンタゴンの意向に押し切られたということである。ペンタゴンだけでなく、連邦議員の中にも北朝鮮やイランが核攻撃をしかけてくる状況では、核兵器による先制攻撃を考慮すべきだと考える者もいる。それは理想主義が現実主義に敗北したということだ。
 原発についても、オバマ大統領は大統領選挙の時とは考え方を多少修正している。当時から化石燃料の依存度を減らすため、原発の推進を念頭に入れていたが、同時に核廃棄物を減らして核拡散のリスクを減らすことも同時に行うはずだった。

 そんな中、オバマ大統領は2月、南部ジョージア州に新たな原発(原子炉)を2基建設する予算を捻出すると発表した。そればかりか、今後は6~10基ほどの原発を建設するだけの予算、計540億ドル(約4兆8600億円)を充てることに決めた。
 アメリカは79年にスリーマイル島原発事故を起こして以来、30年以上も原発建設に着手してこなかっただけに、新たな原発の建設には慎重論も多い。
 ワシントンに本部を置く環境団体「環境アメリカ」のアナ・オーリリオ氏は新原発には反対する。
「いま原発を新設することは、予算面でもエネルギー効率の面でも失政といえます。短期的にも長期的にも環境にとって利点は少ない。ジョージア州の原発に83億ドル(約7470億円)も充てるくらいなら、風力とソーラーにもっと予算を注ぐべきです」

 オバマ大統領は、原発建設を行政的に一石二鳥ととらえている。まず雇用を生み出せる。ジョージア州の原発建設では3500職が創設され、完成後も800職は確保される。さらに二酸化炭素を排出しないクリーンエネルギーであるという点で誇らしげだ。
 しかし、原発から排出される核廃棄物の埋設場所としてこれまでネバダ州のユッカマウンテンが候補地に挙げられていたが、オバマ政権誕生後、白紙撤回された。
 それによって、今後、それに代わる廃棄物のリサイクルや最終処理施設の建設などは未解決のままである。しかも、アメリカは包括的核実験禁止条約(CTBT)をいまだに批准していない。

 オバマ大統領は今、理想論だけでは問題が先に進まないという現実に直面している。

 
 
堀田佳男

堀田佳男

Yoshio Hotta
1957年東京生まれ。早稲田大学 文学部を卒業後、ワシントンDCにあるアメリカン大学  大学院国際関係課程修了。大学院在学中に読売新聞ワシントン支局で1年間助手を務める。卒業後、米情報調査会社に勤務。アメリカの日刊紙の日本語ダイジェストの執筆・編集に携わる。永住権取得後、1990年に会社を辞して独立。以来、ジャーナリストとして政治、経済、社会問題など幅広い分野で精力的に執筆活動を行っている。25年の滞米生活後、2007年春帰国。
著書に『大統領はカネで買えるか?』(角川新書)『大統領のつくりかた』(プレスプラン)など。

http://www.yoshiohotta.com/
 
 

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