aiaiときどきブログ

 
 

安藤忠雄に会いに行く

 
 

第26回 (2009/6/25)


 

 一体私はなぜ、こんなところでこんなことをしているのだろうか。
そう思いながらも、精一杯背伸びをし、時折飛び跳ねながら、おーい、おーい、とまるで船が難破して救助を待つ人のように、手を振り続けた。人目もはばからず叫びながら。
「アンドウさーん!アンドウさーん!」
 アンドウさんとは、建築家、安藤忠雄さんのことである。
 私は尊敬と親しみをこめて「グレートなおっちゃん」と勝手に呼んでいる。

美術館入口で護衛にあたるSPたち。彼らを突破できるのか!?

 ここはベネチア。サンマルコ広場の対岸、15世紀に建てられた「海の税関(Punta Della Dogana)」の前である。この歴史的建造物を、安藤さんとフランスのピノー財団が、このほど現代美術館に生まれ変わらせた。この日はそのお披露目レセプションの日。映画「マトリックス」のエージェントみたいな黒スーツにサングラスの大男たちが入り口を守っており、パスか招待状がないと入れない。私は何ももっておらず、身ひとつである。「タダオ・アンドウにここで会えると言われて来ました。私?プレスですが」などと言ってみても「だめです」の一点張り。その無表情なことロボットの如し。

 ここは安藤さんを待ち伏せて、見つけてもらうしかない……そう腹を決めて待っていると、対岸のホテルから水上タクシーで安藤さんご一行が颯爽と到着。そこから美術館の入り口まではすぐである。しかし、私がとめおかれているのは美術館の建物から50メートルくらい離れたレセプション用の入り口だった。安藤さんが建物の中に入るまでに何としてもこちらの方を向いてもらわねばならない。で、冒頭の場面となる。
 黒服の“エージェント”は、私のことをスターを追いかける偏執的ファンか何かと思っていたことだろう。あとで聞いたところによると安藤事務所の人でさえそのように思ったらしい。よっぽど怪しかったのだろう……。それでも私はなんとか無事に「発見」され、美術館の中に入ることを許された。入館を阻止した“エージェント”たちの前を「ほらね!私は入っていい人なの!」といわんばかりに胸を張って通ってやったぞ(全員無視)。

現代美術館に生まれ変わった15世紀の「海の税関」。

 しかしやっぱりこうなったか……。
 予感はしていた。安藤さんの取材は多かれ少なかれ、毎回こんなかんじである。「おもしろいで。来たらええやんか」と言われ、行ってその場の成り行きで取材、というパターンがほとんどだ。合同取材などの現場でうろたえている記者やレポーターがいると、「ああ、この人は初めてなんだな」とちょっと気の毒に思う。まあでも、そのうち慣れるので。
 今回、親交のあるアーティストがベネチアビエンナーレに出展するのでイタリア行きを決めたのだが、「そういえば、安藤さんもベネチアで美術館のプロジェクトをやっていたはず。完成していたら見にいってみよう」くらいの気持ちで事務所に電話したところ、秘書の方が、「その頃でしたら安藤も現地におります」と教えてくれた。
「そうですか。グッドタイミングですね。では美術館をお訪ねしてみます」

この美術館のオープニングで50件以上の取材を受けたという安藤さん。

 と、電話をきったところ、3分たたないうちにおっちゃん本人から電話が……。
「ベネチア、来るんか?おもしろいで。取材してなんか書いたらええやんか」
「いえあの~、今回はプライベートで行くんです。仕事ではなくて。ですからあの~」
「そんなもん、ついでや」
 そう、「ついでや」というのは安藤さんの口癖である。
 最初に安藤さんを取材したとき、恐れ多くも「そんなにいろいろやって疲れませんか?」と聞いたら「疲れへんなあ。ついでのエネルギーや」と言われて驚愕した。この人は「ついでに」何百人、何千人も動員してしまうのである。

ブックショップで本にサインをする安藤さん。ひとときもじっとしていない。

 安藤さんが東京オリンピック招致委員会の理事になったと聞いたときはちょっと驚いたが、きっとそれも「ついでに」やっているのだと思う。
「東京でやったら日本が元気になるかもしれんなあ。まあ、ついでやから手伝わせてもらうわ」みたいなノリだろう。こんなことも言っている。
「自分では設計せんでもええけどなあ。国際コンペで世界中の建築家を競わせる。そのほうが盛り上がるで」
 はっきりいってオリンピック開催だけでも面倒くさいのに、国際コンペで建築家を選ぶなんて輪をかけて面倒くさい話だ。でも安藤のおっちゃんの辞書に「面倒くさい」という文字はない。そんなもん、ついでにやったらええやんか。
 そんなわけで、休暇でイタリアに行くついでに安藤さんを訪ねることになった。

 しかしさすがのおっちゃんも、今回は参っていた。
「もう50件くらい取材やっとる。かなわんなあ」
「疲れますか?」
「疲れはせんけど、さすがに飽きるわ」
 この日も美術館に入るなり、ヨーロッパのメディアが数社待ち構えていて、取材が始まった。インタビュアーが入れ替わりたちかわり、次から次へと質問攻めにする。安藤さんは真顔で辛抱強く、同じような質問にはっきり、しっかり答えていた。長年ビジネス誌の取材をしてきてつくづく感じるのは、ビジョナリーと呼ばれる人は、「同じことを、同じ熱意をもって、何度も繰り返して言える」という共通点を持っているということ。飽きていてもそう見せないのがプロである。
 今回私は正式に取材はしていないが、何件ものインタビューに立ち会った(たまたまだが)。ついでだからそのダイジェストをお伝えすることにしよう。

 ――今回のプロジェクトで難しかった点は?

 海に囲まれた15世紀の建物を保存すると同時に、自分たちを新たに表現してくというのは、非常に難しい仕事でした。しかし、どんな建築にも「条件」はつきものです。あるときは自然、あるときは街並み、そして今回の条件は「15世紀」でした。そこで私は15世紀の建築を「森」ととらえ、その森を保存しながら、中には現代建築の空間をつくり、そのなかに未来向けてメッセージを発信していく現代アートの作品を入れることを考えたのです。過去、現代、未来が激しくぶつかり合いながら、互いに妥協することなく自らを表現する場を目指しました。

中世の建造物の中にコンクリートの壁で囲まれた空間が誕生。天井、床、柱には15世紀の建材が使われている。

 安藤さんの言う「15世紀の森の中の現代建築」を象徴するのが、この美術館の心臓部にあるコンクリートの巨大な箱である。そのなかに15世紀のレンガでできた大きな柱が二本ある。森の守り神のような「巨木」を光沢のあるコンクリートの高い壁が囲っているその吹き抜けの空間は、それだけで現代アートの作品に見える。
 安藤さんは何度も「激しくぶつかり合いながら、妥協することなく」というフレーズを繰り返した。美術館はアートを見せるための箱なのか、それともそれ自体が作品なのか。そのあたりをインタビュアーは聞き出そうとしていた。安藤さんは、美術自体にもそこに展示される作品に負けないだけのエネルギーがなくてはならないと考えているようだ。

 この美術館には、ジェフ・クーンズ、リチャード・プリンス、ルドルフ・スティンゲル、シグマー・ポルケ、村上隆など、現代アートのスターたちの作品とともに、気鋭の若手作家たちの作品も収められており、それぞれが自己主張しながらときに毒々しくさえあるメッセージを放っている。
 その混沌をまるごと受け止めているのが500年以上の歴史を持つこの建物そのものだとしたら、その混沌に輪郭を与えているのが新たに生まれ変わった内部空間である。安藤さんは「ぶつかりあい」と言っていたが、私はそのぶつかりあいの中にある種の調和を感じた。作品を前提にして美術館が作られたわけではないし、美術館を前提に作品がつくられたわけではないから、それは決して予定調和ではない。すばらしいスポーツの試合を観たとき、まるでシナリオがあったかのように感じることがある。それと同じような印象を受けたのだった。

 ――スポンサー、建築家、現場のチームワークはどうでしたか?

 現代美術に詳しく、経営者としても厳しい目を持つピノーさんとの仕事には、いつもいい緊張感があります。世界同時不況のなかで、ピノーさんも大きなダメージを受けましたが、こんなときだからこそ、何があっても完成させるという強い意思を持っていた。ピノーさんを信頼し、この仕事を任せてくれたことに対して自分のプライドをかけてお返しをするつもりでやりました。やりとげることができてよかったと思います。
 現場も大変でした。海の中に建っている建物ですから、コンクリートの基礎をつくったはしから水が上がってくるなかでの作業になりました。そんな中、現場チームのプライド、ピノーさんのプライド、建築家としての私のプライド、そしてこの美術館に作品が展示される現代作家のプライドがぶつかりあう緊張感のなかで建物ができていったのです。
 この建物の先端部にチャールズ・レイというアメリカの作家による男の子の彫刻があり、屋根にはピノーさんの故郷であるブルターニュの旗、そしてベネチアの旗が掲げられています。それは、ピノーさん、作家、そしてベネチア出身の現場スタッフのプライドをかけたこの美術館を象徴しているのです。

 フランソワ・ピノー氏はフランス屈指の実業家であり、資産家であり、現代アートのコレクターであり、要するに本物のセレブである。オークションハウスのクリスティーズの大株主としても知られている。安藤さんとピノー氏は、フランス人デザイナーのカール・ラガーフェルドを通して13年前に出会った。私が初めて安藤さんを取材した2002年頃、コンペで勝ち取ったパリ・スガン島のピノー美術館のプロジェクトが進行中だった。が、その後インフラ整備などで行政当局と折り合いがつかず、実施設計まで終わっていたのにプロジェクトは白紙になったのである。

マウリツォ・カタランの部屋。古い壁に透明感のある色彩が映える。

 こういう話は建築の世界では日常茶飯事らしい。全力疾走で目的地に向かっていたら、「もう行かなくていいです」と言われ、次の瞬間には平然と別の目的地に向かって全力疾走している。そんな体力と精神力がなければ、建築家という仕事は続かない。どんな仕事も多かれ少なかれそうなのかもしれないが、建築のように期間が長く予算も大きいプロジェクトになると、費やした時間や努力が「水の泡」になったときの物理的、精神的ダメージはかりしれない。安藤さんがよく「ついでの仕事や」というのは、決して一つ一つの仕事をおろそかにしているのではなく、それくらいの気持ちでやらないと続けていけないのではないか。

――安藤さんにとって素材とは?

 この美術館には、15世紀のレンガ、15世紀の石材が使われています。そのなかにコンクリートに代表される20世紀の素材で空間を作りました。コンクリートは構造用の材料ですが、20世紀の大理石ともいわれています。私は大理石よりもすばらしいコンクリートを作ることを目指した。建築家が目指すべきは、誰にでも手に入る素材で、誰にでもできない建築をつくることだと思います。

――安藤さんが仕事をするうえで一番大事にしていることは?

 作家生命は、「どれだけ緊張感を持続できるか」にかかっています。ものすごく長い間作家として生きた人はほとんどいません。皆、それだけ長い間緊張感を持続させることはできないからです。作家としての人生が長かったコルビュジエさえ、間に戦争があったりして環境が変わったからうまく緊張感を保つことができたのでしょう。
 緊張感を持続させるには何が必要か。三つある。肉体的体力、知的体力、そして社会を動かす力です。それから楽観的で、これが好きだ、もっと作りたい、という強い思いがあることも必要です。名誉とか社会的地位といった動機では、緊張感は持続しない。私が思うリーダーとは、チームの緊張感を持続させることができる人です。何かを決めて、その責任をとって、チームの緊張感を持続させるために全力でやる。それがリーダー。全力でやる以外にないんです。誰も能力以上のものは出せませんから。

 安藤さんは「緊張感」という言葉が好きだ。昨年、『建築家 安藤忠雄』という自伝(本人は自伝とは思っていないそうだが)を出したときにこんな話をしていた。「登山では登頂してから降りてくるときに滑って死ぬことが多いそうです。緊張感が途切れるんですね。だから私はゴールをつくらないようにしています」。

サイ・トンブリーとリチャード・ヒューズの部屋。窓からは海が見える。

 緊張感を保つためには、仕事は大変なほどいい、そう考えているから安藤さんは無理難題を歓迎する。今回、「歴史的建造物の再生」は難しくなかったか?という質問を何度もされていたが、ヨーロッパの記者たちは、安藤さんが「敷地はないのですが、建物を建ててもらえませんか」という注文にさえ「面白い、やりましょう」と応じた人であることを知っているのだろうか。
 実際、いまの世界的経済危機で多くの建築プロジェクトが変更や中断を余儀なくされているが、「不況のほうが面白い」とも言っていた。それは強がりなどではなく、障害があらかじめ多いほど緊張感を保つ余計な努力は必要なくなるからありがたい、ということなのだろう。しかし、誰もがこんなふうに常に緊張感を持続させられるわけではない。そこでリーダーが必要となるのである。安藤さんの考えるリーダーとは、「チームの緊張感を持続させることができる人」だ。それは、自分自身が最も強い緊張感を持ち、それを誰よりも長く持続させられる人、ということでもある。

チャールズ・レイの彫刻。頭上にはピノー氏の故郷ブルターニュの旗とベネチアの旗。

 取材が一段落すると安藤さんが、「コーヒー、飲もか」と言って、できたてのミュージアムカフェに連れて行ってくれた。そこで密着取材をしているテレビ番組のクルーと一緒に、クッキーやサンドイッチをいただきながらしばらく雑談。
 と、安藤さんがふと思い出したように言った。
 「今日、シラクも来るで」
 そうだったのか……どうりで厳重な警備だったわけだ。
 おかげさまで国家元首級のSP網を突破するという貴重な体験ができてなによりであったが、たまには普通に取材させてもらいたいものである。



●ベネチアビエンナーレ、プンタ・デラ・ドガーナについては、プレジデントロイターの山口裕美さんによる人気連載、「ビジネスマンのための現代アート ABC」をぜひお読み下さい。

●プンタ・デラ・ドガーナ&パラッツオ・グラッシ(※)HP
http://www.palazzograssi.it/index.php?lang=en

※17世紀に建てられた邸宅であるパラッツオ・グラッシは、同じくピノー氏の所有で、2005年、安藤忠夫氏の手で現代美術館に生まれ変わった。

 

 
 

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