佃 佳典「自滅する企業」7つの症状
【第8回】テリトリー欲求症 ── コップの中の縄張り争い
「この件については担当部門が違いますので、別の窓口へお掛けなおしください。」
「この店舗では、この手続きはできません。本店の方で手続きをお願いいたします。」
読者の方も、こんなセリフで苛々させられた経験はあるだろう。顧客のことを全く考えていないと憤るのは簡単だが、自社の組織はどうか、すこし顧みてほしい。
「この仕事は、我々の部門の担当外だ。」
「この件だけ特別扱いはできません。規定に従って処理をお願いします」
同じ会社の一員であるはずなのに、まるで外部の会社と仕事をしているような高くて重い組織の壁を感じた経験はないだろうか。程度の差こそあれ、いずこも同じ状況なのである。
読者の方々も、既に気づかれているだろうが、以下のような症状が表れている組織は「テリトリー欲求症」に陥っている。
■「不和」
(症状例)将軍(CEO)の影響力が弱まっている。大勢の強情な副官(部門長)がいて、みな独自の道を行きたがる。製造部門は、マーケティング部門に自分たちより多くの予算が割り当てられていると怒っている。地方支店長は、本社からの指示を無視する君主になっている。
■「優柔不断」
(症状例)トップにリーダーシップがなく、部門間の意見が一致しない。よって意思決定が非常に困難である。この問題を解決するため、部門横断のタスクフォースをいくつも立ち上げるが、互いに自部門の権利を主張するため、合意や協力が得られない。明確な経営方針を示せないため、議論の結果が妥協の産物になりがちである。
■「混乱」
(症状例)リーダーシップが弱く、対立する部門長たちの自主性が強すぎるため、各部門がちぐはぐな行動を取っている。縦割り組織で各部門が連携していない。同じ顧客を争って部門間で競争が起きている。ついに「ここの責任者は誰だ!」と、顧客の叫び声が聞こえてきた。
■「不快感」
(症状例)上記のような兆候がある場合、組織の誰もが満足していない。特に一般社員は不幸だ。役員たちは会社を再建する力もなく、役員室に閉じこもっている。直属の上司は、縄張りをめぐって怒鳴っているか、終業時刻ばかり気にしている。組織の雰囲気が悪く、働きに来たいと思わない。
(以上、『自滅する企業』から引用 一部、佃追記)
「官僚制組織」というと、いかにも堅い組織で非効率といったイメージを浮かべてしまうが、実は組織を運営するためには効率的な仕組みなのである。創業時の自由闊達な経営スタイルは会社が小さい間は機能するが、規模が大きくなると決まりや仕組みといった「組織化」を行わないと運営できなくなる。
しかし、規則と統制が優先されるようになると、自然と人は自分の「テリトリー」から踏み出すことができなくなる。そして人間的なコミュニケーションが犠牲になる。一人一人は一生懸命に仕事をしているかもしれないが、自分の所属する部門のことばかり考えているため、状況の変化に対応できず、組織全体として不整合が生じるのだ。
では、どうすればよいのだろうか。治療は簡単ではないが、処方箋は存在する。成功している企業は、下記のような取り組みでトップから一般社員に至るまで全社の意識を変革している。
■インターナル・マーケティングの展開
グローバルにビジネスを展開しているデンソーは、世界30カ国、総勢10万人の社員に対し、同社の価値観「デンソー・スピリット」を浸透させるプロジェクトを発足させた。生産システムの移転は簡単だが、その定着を支える価値観や信念を浸透させないと、これまで築いてきた品質や信頼が損なわれてしまう恐れがあったからだ。(『感じるマネジメント』リクルートHCソリューショングループ編 英治出版)なぜ、こんな面倒なことをしたのだろうか。人々を束ねるのは価値観であり、心から共感していないと行動につながらないからだ。リーダーは、部門を越えて関連する全ての人々を、同じ目的のもとに団結させなくてはいけない。
■様々な部門を経験させる
これは日本企業に馴染みが深い。トヨタ自動車の奥田取締役相談役は、経理部門、国内・海外販売、財務、購買、広報、新規事業など、幅広い部門を経験して社長に就任した。その他にも、キャノンの御手洗会長や武田薬品工業の武田会長も、傍流出身の名経営者として有名だ。このように、幅広い組織で経験を積んだゼネラリストがリーダーになれば、派閥争いや文化摩擦とは無縁になるのではないか。
■恒久的な部門横断チームをつくる
カルロス・ゴーンは、「クロスファンクショナルチーム」によって日産の組織を活性化させた。ソニーのハワード・ストリンガーも、組織間の壁(サイロ)を壊し、全事業間のコミュニケーションを円滑にすることで業績を立て直した。かつて日本企業は、QC活動を通じて「全員が問題解決に総力を挙げる」部門横断型の風通しのよい組織文化を作り上げてきた。今一度、日本企業の良き文化を思い返す時ではないか。
■顧客を中心に組織を再編する
旅館再生で有名な星野リゾートが現場で重視しているのは、顧客と向き合うことだ。例えば、温泉旅館で最も経費がかかっているのが調理場なのだが、ここを預かるのは職人気質の頑固な「料理長」である。彼らに対して「経費が高いのに味がイマイチ」と頭ごなしに言っても従わない。そこで、顧客満足度調査を行い、彼らに事実をつきつける。すると社長に反抗的な職人であっても、顧客の声にはプライドを持って対応するそうだ。顧客に向き合うように組織や管理の仕組みを変更することで、機能や地域といった縦割り組織の内輪もめが鎮まるのだ。
ここまで読んでわかるように、この習慣病を断ち切るには、明確で強力なリーダーシップが欠かせない。社員がそれぞれ所属する組織のことばかり見ているときに、もっと大きな目標を示し、皆が同じ方向を向いて行動するよう導くのは、リーダーの役目なのである。

『自滅する企業
――エクセレント・カンパニーを蝕む7つの習慣病』
ジャグディシュ・N・シース著
スカイライト コンサルティング訳
A5判ハードカバー
本文384頁
定価1,995円
ISBN-13:9784862760197

佃 佳典








