ダブルキャリア列伝【7】 狩野俊さん
[第25回] 居酒屋は「人と出会う職業」
── 狩野さんは今年(2008)8月、『高円寺 古本酒場物語』(晶文社)から上梓され、ご自分でブログも書かれています。文章を書くことを、もうひとつの仕事にしようとは思わないですか。
狩野 実は、書くことはすごく好きなんです。それがわかったのが、本を出した最大の収穫かもしれません。中川六平さんというフリーの編集者が担当して下さったのですが、滅茶苦茶な本の出し方でした(笑)。
── どんな感じだったのですか。
狩野 荻原魚雷さんの本の出版の打ち合わせを、その方と魚雷さんが、何度かうちでやっていたんですが、そのうち、六平さんが僕のことを面白がってくれて、ある日、「お前、本を出さないか」と。僕はブログを書いていたんですけど、それは全然読んでいない。「僕の書いたものを読んでいないのに何故ですか」と言ったら、「俺は勘でわかるんだ」と。「じゃあ、お願いします」と言って、出してもらうことになった。
ある日、「打ち合わせをやるから、ちょっと来い」。「どこですか」と聞いたら、「明日の2時に吉祥寺の『いせや』(注:有名な焼鳥屋)で」とおっしゃるから、翌日、行ったんですが、昼間から飲んで、打ち合わせどころか、よもやま話ばかり。最後に「お前、来月までに原稿書いてこい」と。次の月になったら、原稿は書けていないのに、また昼間から飲んで、というのを、1年近くずっと続けていたんです。
そしたら、ある日、「ブログを全部プリントアウトしてこい」と言われ、渡したら、そこで始めて「目を通すわ」と。しばらくしたら電話がかかってきて、「今日、入稿したから」。「何を入稿したんですか」と聞き返したら、「お前のブログ、よかった。本にするからな。初稿が出るのが2週間後だ」と言われた。
「やばい」と思いました。僕のブログは単なる独り言なんですよ。離婚したり、恋愛したり、色々あった2年間、酒もいっぱい飲んで、心の中のモヤモヤを次の日に吐き出すように綴っただけ。しかも多少の脚色も交えながら書いている。それだけで本を作るのは「ありえない」と。六平さんがブログを読んで、そこからやりとりがあって、「こういう本にしよう」となるのかな、と思ったら、甘かった。それで焦って、「待ってください。最初のコクテイルを国立で始めた頃からの話を書き足したい」と言ったんです。
それに対する六平さんの指示がまた無茶苦茶。「とにかく急いでいるから、3日後までに20 枚書け」と。仕方がないから、急いで書いたら、「面白い。折角だから、前の高円寺の店のことも書いてみろよ」と言われた。締め切りは4日後とか。そういう感じで、本の後半部分は前半を入稿してから書き始めたんです。
頭にあったのは、「作家と編集者の関係は、ボクサーとトレーナーだ」という三島由紀夫の言葉。いろんなやりとりがあって、作り上げていくイメージがあったんですけれども、全然そんなことがなかった。気がついたら出来上がっていて。
── いせやで、出来上がった本を渡されて。
狩野 そうです。でもよかったですよ。書くのは楽しかったし、本にするということは、自分の考えを他人にきちんと伝えることなんです。あと1冊でいいから、きちんと本を書きたい。人間にとって、本とは何なんだろう、なぜ人間は知識を求めるんだろうというテーマで書きたいと思っているんです。
── 誰かにインタビューして、ということですか。
狩野 古本屋さん相手です。古本屋さんは面白いですよ。六平さんの無茶苦茶がなかったらば、いまだに本は書いていなかった。そういう意味では六平さんは僕の恩人です。
── 本によく出てくるのですが、狩野さんは銭湯がお好きでしょう。
狩野 好きですね。大きいお湯に浸かると気持ちがいいもので。
── お店の今後をどう考えているんですか。
狩野 僕は英語もできなくて洋書屋に入って、誰にも教わったわけでもなく店の運営を任された。将来の独立を見越して古本屋に勤めるのを「修業」というんですが、僕にはそれがないんです。
居酒屋のやり方も誰からも教わっていない。要領の悪いことをいっぱいやってきた。下っているエスカレーターを逆走して昇るみたいな、無駄なことも沢山あった。
今ようやく、自分が何をやっているのかがわかるぐらいの余裕ができたんです。「お前、10年やってきて何だよ」と言われるかもしれないけど、「ようやく本当の古本酒場が始まるのかな」と思っています。
── 修業時代がようやく終わった感じ。
狩野 そうですね。本を書いたこともよかったんですよ。振り返って思い出して書くわけですが、その過程で、自分の中で物事を解釈し咀嚼する。今までやってきたことが整理された感じがします。
── 古本屋に求められる能力と、居酒屋で求められる能力は違いますか。
狩野 難しい質問ですね。第一、古本屋に求められる能力がわからない。市場に本を買いに行きますね。山になった本の前に封筒があって、入札するんですけれども、その仕事が僕は早い。落とした本に値札を貼って並べると、結構売れる。あまり考えてやっていない感じ。
「古本屋の能力が僕にはない」と思っていなくて、「ある」と思っているんですけれども、それが何なのかを考えたことがないから、なかなか言語化しにくい。勘のよさかなあ。
── 勘のよさは能力ですよ。
狩野 そういうと身も蓋もない気が。
── 他の人は、なぜそれが遅いんですか。
狩野 考えてしまうからです。一冊一冊、みんな色々細かく見ているんですね。
── 狩野さんは違う、と。
狩野 そう。本の背文字を見て、全体を見ていくと遅くなる。もっと雰囲気みたいなものですね。経験によって培われた部分はあると思いますが。
僕の優れた能力がすばやい「勘」だとしたら、それこそ、店舗を持っている人の一番の能力は、書棚の編集能力。
── 逆にブックオフとかに勤めたら、すごく出世するタイプですか。
狩野 いや、ブックオフはもっとギチギチやるんじゃないですか。
── そうか、勘は不要ですね。
狩野 「これだけ適当にやっても、売れるなら、本ではなく宝石を売ったら、一回の実入りが多いのでは」と、前に言われたことがあるんです。
── でも、古本屋の仕事は好きなんですよね。
狩野 はい。特に本の値付けをする時がそうです。仕事と思わないぐらい好きです。本が並んでいて、1冊抜き取って、「面白い本だ」と思うと、タイトルが目に入ってきて、発行年を調べて、「昭和18年か、じゃあ1800円」とつける。タイトルが入ってくる瞬間が面白いのかもしれない。もちろん、触っても読んでも、本ならすべてが好きですけど。
前から「なぜ飲み屋だけやらないのか」と言われるんですけれど、それだけでは駄目なんです。そういう意味では、「メインは本屋」なのかもしれない。飲み屋は辞めてもいいですが、本屋は辞めない気がします。
誰でも、読書傾向は、結構限定されるじゃないですか。池波正太郎を読んで山本周五郎にいくのは普通ですけど、池波正太郎を好きな人が、いきなりデリダ(フランスの現代思想家)を読み始めないでしょう。
でも、古本の山を買うと違うんです。山本周五郎の隣にデリダがあって、「これ、面白そうじゃん」と思えるチャンスがあるんです。自分の読書経験をはるかに超えるものが、本の山から来る。古書市場にはそういう面白さがあります。
たまに、新宿の紀伊国屋書店のすべての階をぐるぐる、見て回るんですよ。深いところで、知が結びついているのがとても面白い。大脳生理学と哲学の本が隣あったりして、「こんなところで結びついているんだ」という。単なる散歩ですが、自分の思考の壁を取り払うためにやっている感じです。
── トレーニングですね。では居酒屋の楽しみってなんですか。
狩野 いろんな人が来るということかなあ。「人と出会う職業だな」と実感させられた経験があって、日韓ワールドカップのとき、前のコクテイルに、アイルランドのサポーターが飲みに来たんです。普通の人が入ってこないような怪しい路地に店があって、夜中の12時過ぎ、緑色のサッカーのユニフォームを着たアイルランドサポーターが3人、「やっていますか」と入ってきて「ビールいくら?」。向こうで作った日本語の名刺を持っていて、ひらがなで、「でーびっど」と書いてあって。
── かわいいですね。
狩野 そう。何人かお客さんがいて、その名刺をもらって、みんな喜んで、写真も撮って。次の日、今度は5人で来たんですよ。何しろ怪しげな場所に店があったから、僕がニューヨークに行って、ブロンクスの横丁のバーに入るようなものじゃないですか。「いろいろな人が来てくれて、知り合う可能性があるのが飲み屋なんだ。面白いなあ」と思って。
── 意外な知、意外な人と出会えること。「出会い」が古本屋と飲み屋に共通するキーワードですね。
【インタビューを終えて
ダブルキャリアの掟~狩野俊さんの場合】
こだわりの新刊本と雑貨を組み合わせたヴィレッジヴァンガードというチェーンの書店がある。本よりも雑貨のほうが多い感じで、おもちゃ箱をひっくり返したような楽しい店だが、86年の創業以来、全国約300店舗にまで拡大している。創業社長の菊地敬一さんは、出版社と書店で長年働き、取次ぎが強くて、書店の粗利が一定化してしまう業界構造に嫌気がさして、この業態を考えついた。基本は書店だが、粗利を稼ぐために雑貨を扱い、雑貨と本を、あるストーリーで組み合わせて、客をひきつけよう、という着想である。コクテイルの狩野さんも、国立時代は、ヴィレッジヴァンガードの古書店版を目指していたという。
同じ、本屋プラス・アルファという業態でありながら、ヴィレッジヴァンガードと古本酒場コクテイルの違いはどこにあるのか。それはビジネスとキャリアの違いだ、と強引に言ってみたい。方や全国に300店、方や高円寺に1店舗という規模の違いもさることながら、前者からは、「粗利のアップ」という、ビジネスの匂いがぷんぷん匂ってくるのに対して(決して、貶めていう言葉ではない)、後者は、古本店主、そして居酒屋店主としての狩野さんの職業人生そのもの、という感じがするのである。狩野さんに、「店を増やすつもりは」という愚問を発してしまったが、増やした時点で、その店は狩野さんのものではなくなる。マスターそのものが店だから、狩野さんが主である今のコクテイルとはまるで違う店になるはずだ。それはそれで面白いかもしれないが。
そう、狩野さんのコクテイルは生まれるべくして生まれた。最初に勤めた洋書店の同僚から、本を売るだけでなく、カフェやイベント会場など、別の機能も持つアメリカの本屋事情を聞かされていたので、本を買うわけでもないけど店に来てくれる常連客をつなぎ留める仕掛けとして酒場の併設を思いついた。どこからともなく支援者が現れ、格安の手間賃で改装を引き受けてくれた。酒場ができ、店が賑わいだすと、詩の朗読会をやらせてくれ、という依頼が舞い込む。成功すると、次は音楽のライブとなる。
インタビューでは詳しく聞かなかったが、高円寺の1軒目の店を畳んで、今の場所に移ったのも、常連客から言われた「あそこでは狩野さんは化けない。このままでは、サザエの壷の奥に進んでいくようで、世界が狭くなるだけだから、別な場所に行ったほうがいい」という言葉が背中を押してくれたからだ、という。この人、出会いに恵まれているのだろう。
いい意味で、成り行きに任せ、面白いと思ったことは躊躇せず、やってみる。そういう狩野さんの「前向き力」が古本酒場を生み出し、古本屋と居酒屋というダブルキャリアを選択させたのではないか。
狩野さんの本に青梅の古本屋の店主のインタビューが掲載されている。京大出のインテリで、狩野さんより30歳以上も年上のその人の言葉が面白かった。≪古本屋って原初的な商人に似てるんだ。基本的には世界に一つしかないものを、己の才覚だけで売り買いをするっていうのは、大航海時代の商人とほとんど同じなんだよ≫と。
酒も太古の昔からあったはずだから、酒場も原初的な店、といえなくもない。原初的が2つかけあわさって、古本酒場が出来上がっている。
コクテイル=「色々なものを混ぜ合わせたもの」「混成酒」という2つの意味がある。酒場がなかった国立時代からの店名だが、図らずも、狩野さんの将来のダブルキャリアを暗示していたように思える。
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