ダブルキャリア列伝【2】 よしたにさん

[第5回] 名付け親は編集者、「オタリーマン」誕生!

 
 

「ダブルキャリア列伝」、二人目は、システムエンジニア(SE)にして、漫画家、イラストレーターとしても活躍中の「よしたに」氏。
 独身で彼女がいない、ちょっぴりオタクのSEが、≪仕事や恋愛や友情や、そういったものにちょっとずつ挫折していく過程を描いた日記まんが≫(本文より)である『ぼく、オタリーマン。』(中経出版)の作者である。
 よしたに氏自身の、ちょっぴり切ない、リアルな日常を描いたというこの漫画、2007年3月に発売された1巻が、いきなり30万部の大ヒットを記録。続く同年9月に出た2巻が21万部、この3月に出た3巻が1週間で16万部と、まさに快進撃を続けている(売り上げ数字は3月末現在)。
 中経出版の担当編集者とともに現われたよしたに氏は、漫画の主人公、オタクなサラリーマン=オタリーマンによく似て、大きな目が特徴的な、こざっぱりとした好青年だった。



インタビュー・構成=荻野進介
●おぎの・しんすけ 1966年、埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業。著書に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK出版、生活人新書)。

 
 

よしたに

Yoshitani
システムエンジニア。兼、イラストレーター。
1978年生まれ。2001年、神奈川県の大学を卒業し、IT系企業に就職。SEとして働きながら、自らの経験をもとに描いた漫画『ぼく、オタリーマン。』が大ヒット。その他の仕事に財務省PV「大臣になった男」、「全国フードテーマパークガイドブック(ブッキング社)」など。現在、Yahoo!オフィシャルブログ「 エンジニア★流星群 @Tech総研」で「理系の人々」など好評連載中。個人サイトは「ダンシング☆カンパニヰ」。

●「ダンシング☆カンパニヰ
大臣になった男
理系の人々
中経出版「コミックゾーン」
 
 
(クリックすると拡大)



── よしたにさんのこれまでのキャリアについて伺います。お生まれはいつですか。

よしたに 1978年です。この間、誕生日を迎えて、ついにダーティ・サーティ(笑)。

── 大学は普通の大学ですよね。美大に行こうとは思わなかったですか。

よしたに 美大に行く才能があるなんて思っていませんでしたから。今でも思っていないですけど。漫画家という職業についても、当時ものすごく頑張っていれば、もしかしたらなれたかもしれませんが、そうはいきませんでした。漫画家は、18歳とかの時期に早咲きしないと駄目だと思っていたんです。
 「大学時代はモラトリアムで好きな漫画も描くけれど、就職を機に完全に諦めよう」ということです。シンデレラ・ストーリー的なものは、常に頭の奥にはあったかもしれませんが、現実を考えると、会社に就職してお金を稼ぐのが自分の既定路線だと考えていました。今でも大体そうです。
 神奈川県にある大学の理工学部を出て今の会社に就職して、この4月から8年目になります。

── 作品でも描かれていますが、会社を落ちまくったとか。

よしたに 就職氷河期がようやく明け始めたぐらいでした。影響はまだ大きかったんですが、前に比べればだいぶ良くなってきた頃です。就職活動にはそんなに熱心ではなかったんですが、20社か30社は受けた気がします。

── 何社ぐらい受かったんですか。

よしたに 内定をもらったのが2社です。途中でやめたのが1社でした。

── ダブルキャリアのきっかけですが、「ダンシング☆カンパニヰ」というサイトを開設したことですよね。

よしたに はい。でも、面白味のない話ですが、漫画家はキャリアといっては言い過ぎで、好きで続けてきただけなんですよ。たまたま縁があって、本という形で作品を発表することができ、その結果、たくさんの方に買っていただいただけなんです。「だけ」という表現は、自分から使うと感じが悪いかもしれないですけど。

── サイトを開設されたのはいつですか。

よしたに 2001年の春、ちょうど就職してすぐの頃です。それ以前からもサイトはやっていたんですが、会社のことなど、しがらみで書けないことがありますよね。特段それを書こうというわけではなかったんですが、とにかく制約されず、のびのび書きたかったので、誰にも言わずにひっそり始めて、バレないように続けていたんです。
 ところが会社の内定式で酔っ払ってしまい、自己紹介代わりにサイトのことを口走っちゃったので、「ややこしくなったら困る」と、一回、閉じて、その後、新しいサイトを立ち上げたんです。

── その時は漫画形式でしょうか、それとも文章主体ですか。

よしたに ブログよりも前の時代なので、文章が主体でしたね。単なる日記ですけれど、毎日書いてアップしていました。


── 毎日ですか。大変ですね。

よしたに 大学時代、サークルの雑記帳があって、それに4コマ漫画みたいなのを描いていたんです。それがきっかけで絵日記のようなものを描き始め、それをサイトに載せたんです。ペースは1カ月に1回くらいですが、文章だけのものより反応が良かったので、「ちょっと頑張ってみようか」と、だんだんそちらにシフトしていったんです。


── 反応というのは、コメントが付くんですか。

よしたに その当時はメールが来たり、掲示板に書かれたり、サイトを見に来る人が増えたり、という感じです。


── そうこうしているうちに、中経出版の編集者と知り合いになったと。

よしたに はい。ネット上で知り合った、同じような絵日記サイトの管理人が5、6人いたんですが、「1回、お酒飲もうか」とオフ会をやったんです。僕は最初、その人が編集者だとは知らなかったんです。ネット上のつながりだったので、そんなに頻繁に会おうという話にならなかったんですが、3年後くらいでしょうか、波長が合う同士、3ヶ月に1回くらいは会うようになってきた中で、お互いのプロフィールを知るようになり、はじめて、その人が編集者ということがわかったんです。
 当時、ブログ本ブームのひとつ手前で、ホームページ本といわれるジャンルがあった。サイトの人気の目安といえば、カウンターが1日でどれだけ伸びるか、ということですが、僕のサイトよりも明らかに数が少ないサイトが本になっていて、正直、うらやましかったんです。
 それで、その人に「どうしたらいいんだろう」という相談をしたら、「漫画の編集は未経験だけど、任せてくれるなら、やりましょうか」と言ってくれて、企画会議にあげたら、すんなり通って、昨年、最初の単行本を出すことができたんです。


≪その編集者とのエピソードは『ぼく、オタリーマン。3』に出てくる。源さんという女性だ。それによると、タイトルを決めたのがその源さん。最初、よしたに氏は「自分はそう呼ばれるほどオタクではない」と、賛同できなかったそうだが、「ネットとアニメが好きなら十分オタクだ」と源さんに喝破され、結局、そのままになったという。≫
── 名刺を見ますと、漫画家・イラストレータ・システムエンジニアとありますね。イラストも描かれるんですか。

よしたに 漫画家と名乗るのは今も気恥ずかしいんですけれど、ダブルキャリアということでいえば、その前にイラストレーターとしてのキャリアが2年ぐらいあるんです。

── それは会社に入ったあとですか。

よしたに そうですね。個人事業主ではないんですが、出版社やWebのデザイン会社から仕事を依頼され、イラストを納品してお金をいただくという仕事を2年ぐらいやっていました。

── それは会社で認められていたんですか。

よしたに 結果的にそうですね。他社に就業しているわけではないので、会社もそこは禁止できないはずなんです。


── 仕事以外の自由時間をどう使うかは働く人の自由ですからね。

よしたに 普通の会社はそういうのを嫌がるんですが、僕の会社はその辺の度量が大きかったのでありがたかった。

── 細かい話ですけど、「他社での就業ではない限り、副業は認める」という就業規則があるんですか。

よしたに そうではありません。規則って、できるだけ縛る方向で書くじゃないですか。逆に言えば、認めるものはあえて書かないんですよ。「他社の従業員としての業務は禁じる」という規則だけがあるんです。これを厳密に考えると難しい問題で、友人の家の引越しを手伝って1万円もらうことだって、業務といえば業務になる。ただ、それは親しい者同士、一対一の契約関係なので、そこまで禁止して処罰するというのも変な話です。
 あるいは、パチンコで勝つ、株で勝つというのもそう。会社の与り知らない金銭の流れですけれど、それを会社が禁止するのもまたおかしな話。そうなると、会社が規則として縛れるのは、「他社の従業員として働いてはいけない」という程度に落ち着くはずなんです。
 イラストレーターとしての仕事を始める前、法律の知識は全然なかったんですが、就業規則を読んだ限りでは、明確な禁止は不可能だろう、と思って始めました。

── 最初から注文が舞い込んだんですか。それとも積極的に売り込んだんですか。

よしたに 注文をいただいたほうが先ですね。サイトのアクセス数が1日に2万は行くようになっていましたので、それ自体が、いい広告になったんです。「サイトを見て、気に入ったからイラストを発注してみようか」という人が出始めたということです。

── どんなイラストだったんでしょう。

よしたに 最初の頃は雑誌の単純なカットが中心でした。漫画の注文が来るようになったのは、本当にここ最近ですね。

── システムエンジニアという本業の他に、こういう仕事をしているというのは、どんな感じなんですか。

よしたに 最近は規模が大きくなったので、また別ですけれど、基本は趣味の延長です。もちろん、お金をいただいている以上はプロですが、それだけでは食べていけない。両方をうまく両立できるのであれば、それが一番いい。
 もともと絵を描くのは好きだったので、それが人に認められ、まして「お金を出してもいい」と思っていただけるのであれば、こんな嬉しいことはありません。

(第2回につづく)

クイック・アンケート

 
 

大人たちの間で数学がブームだそうです

もう一度学びなおしたい教科は?

 
 

メールマガジン <プレジデントニュース>

 
 

「プレジデント」編集部員による取材現場でのこぼれ話やビジネスマンに役立つオリジナルコンテンツ、新刊書籍案内などを、週1回のペースでお送りいたします。

メールマガジン申込・登録変更