第5回 Dec.19,2000

人材の不良債権と言わないで!──バブル社員活用法

 
 

 今日のテーマは「バブル世代」について。バブル期に就職した人たち、という意味での「バブル世代」だ。この世代の人間はいま、会社のお荷物としてその存在感を確実に増しつつある。この「お荷物」は、かつて「お宝」だったのだが、そんなことはとっくに忘れられてしまった。だが、すぐには捨てることもできないお荷物である。どうにかして活用する手だてはないのか?この問題について、バブル世代の一員としてちょっと考えてみた。

 私が社会人デビューしたのが90年のバブル全盛期。あのころ、どれだけ世の中がトチ狂っていたか、ちょっとご覧にいれよう。西川りゅうじん氏が89年9月27日の日経産業新聞に書いたコラムを引用させていただく。



「採用に血まなこの企業」


 大学新卒者に対する求人六十万人に対して、来春実際に卒業する大学生は二十万人しかいないというウルトラ求人難。中堅大学の学生でも三社内定なんていうのがザラにいる。各企業の採用担当者は、何とか学生をつなぎ止めようともう必死だ。定期的な接待、海外旅行、果てはソープランドに連れていくなんてこともあるらしい。(略)

 もはや面接会場は、会社が学生を面接する場ではなく、学生が会社を面接するところだと言える。企業の方はホントなりふり構わずといった状況だ。入社したら車をプレゼントするとか、週休三日や初任給二十万円なんて会社も出てきた。(略)

 引く手あまたのてんぐ学生は、あちこち会社を回れば三食ただだとか、おみやげのテレホンカードを現金に換えれば結構いい稼ぎになるとか、地方の会社を受ければ交通費・宿泊費を出してもらって旅行ができるなどと言ってはしゃいでいる。(略)

 就職協定なんて死語と化し、経済の中枢である金融みずからがフライング。あげくに内定を出し過ぎて、取り消しの手切れ金を何十万円も握らせる。

 これ、いまの学生が読んだら怒って失神しそうな話だ。だけど本当にあのときはこのとおりだったのである。

 そして90年4月2日に迎えた入社式。日経新聞によれば、各社の社長訓示は、「働きやすい環境を提供しますといった、会社を売り込むトーンのものが目立った。空前の争奪戦を経て獲得した新入社員だけに、大切に迎え入れたいという姿勢がにじみ出ていた」

 が、蝶よ花よとおだてられたのもつかの間、こんなに大切に迎えられた「バブル世代」に対する目は、ここ10年間冷たくなる一方。評判は右肩下がりである。社内では、「90年入社?あの大量採用の年か。あの年は自分の名前さえ書ければ採ったらしいから」なんていわれて、それだけで「品質不良」マークを押されたりして。なにしろいまの5倍とっているようなところもあったわけだから、ばらつきはあって当然なのだが。

 だが、多すぎるからといって、できが悪いからといって、すぐに減らせるものでもない。折りからのベンチャーブームで、それに乗って飛び出して行くのは「就職トラウマ」のないこの世代の特徴である。これである程度の自然減は期待できるが、そんなものはでは、あの怒涛の好景気のなかに決定した採用枠の「余剰」には焼け石に水だ。では、「余っている30台前半」社員はどう使えばよいか。なにかこいつらをうまく使う手はないか。それがある、のである。まず、この世代の最大の特徴は、二つ。

●「日経平均が30000円、社内預金の金利は6%以上、アメリカは日本が強すぎるので怒っている」時代に就職したこの世代は、いつまでたっても「日本は基本的に大丈夫だ」と無意識にこの国を過信している。

●内定を二桁もらうくらい「猿でもできた」この世代は、いつまでたっても「俺は基本的に大丈夫だ」と無意識に自分を過信している。しかも、そんなにひっぱりだこだった自分は、「稀有な存在だ」と信じている。

 この習性をうまくつかえば、「バブル世代」は日本再生に役立てることができる。

 まず、基本的に「この国を過信している」のでアメリカ産の「グローバルスタンダード」に対して、免疫が強い。MBA取得者数は多いが、基本的に会社のお金で留学させてもらっているため、「MBAをとってXXするぞ」みたいな力みはない。「まあとらせてくれるんだったらとるか」という軽いノリ。つまり、MBAにも免疫力がある。

 そして、「自分に対する根拠のない自信」。これは厄介だが、物事にはなんでも二面性がある。この習性だって逆手にとって「長所」にかえてしまうことだって可能だ。それこそ「自分の名前さえ書ければ」会社に入れた時代のバブル入社組。彼らは特定の社風にそまろうと努力することがなかったため、発想が自由奔放である(荒唐無稽ともいうが)。これは、ベンチャー精神と呼ばれることもある。この習性をうまく使えば、親孝行の社内ベンチャーだって生れるかもしれない。

 さらに、いまだに自分は「請われて来た存在」と勘違いしているため、上司や上司の上司に対しても、物怖じすることなく「もの申す」。数も多く、すべての部署に必ずいる彼らをうまく組織すれば、企業改革に活かせるかもしれない。

 ちょっと視点を変えればこんなに素晴らしい(?)バブル社員。あなたの部署にもきっといるはず。数ばかり多くててうっとおしい、頭が悪すぎる、と目の敵にせず、「生かしかた」を考えてみてはいかがだろう。「失われた10年」をとり戻してくれるのは、「失ったことさえ気付いていない」この世代、なのかもしれないのだから。