浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア47『阿修羅のごとく』の尾野真千子

『阿修羅のごとく』の尾野真千子

向田邦子の世界の女たちは、玉手箱の蓋(ふた)に手をかけている。開いて煙の中を覗(のぞ)いたら本当のことになってしまう、怖い怖い玉手箱の。

舞台は昭和54年の東京。未亡人で一人暮らしの長女・綱子(宮沢りえ)は、華道の先生として自立し、他人の亭主との関係を愉(たの)しんでいる。次女・巻子(尾野真千子)は生活に不自由しない専業主婦。夫の浮気を疑う暗い心を秘めている。三女・滝子(蒼井優)は図書館司書で潔癖症。なかなか恋に身を委ねられない。四女・咲子(広瀬すず)は喫茶店で働いて同棲(どうせい)中の恋人を支える。三女とは険悪で、勉強ができなかったと大人になっても言われ続けている。

登場人物がそれぞれの幸せを掴(つか)み取るという物語は数多くあるが、このドラマの特別な魅力のひとつは、やっぱり女たちの細やかな日常会話だ。その他愛のなさが怖く、観(み)た人は震え上がってたじたじになるしかない。明るく朗らかに棘(とげ)のあることを言い合うが、そこには女たちの、家族を見る眼(め)の生々しさが宿っている。

なかでも長女のセリフの破壊力はずば抜けている。老父に愛人がいることを知ると「バターやチーズを昔より食べるようになったからかしら、70にもなって浮気なんて」と、心の有り様ではなく栄養素という科学的な原因に帰結させる。揚げ餅で差し歯を欠いたときは、姉妹で自分だけ歯が弱いのは「お父さんの月給が安いときの子だったから栄養が回らなかったのかな」と真面目につぶやく。そこに漂う生殖と経済の神秘。父の生殖行動についての、そこはかとない非人間的な想像……。私はドキドキして、姉妹のおしゃべりの場面が始まると、来るぞ、来るぞと期待が高まって前のめりになった。

このドラマを、“うっかり”家族で観る機会に恵まれたとき、それは平和な一家団欒(だんらん)に穏やかでない響き方をするお茶の間爆弾となることは言うまでもないが、家族間ではあえて触れないでいることをのほほんと口に出す長女は、このドラマにおいての爆弾そのものだ。平穏を装うお茶の間を破壊しようと思ったら、力ずくのやり方もある一方で、向田邦子の世界の女たちは、身も蓋も無いことをささっと挟み込む方法を採用していることに私は感動する。

良き母で良き妻の巻子は、母の形見にもらった大島紬(つむぎ)を着た夜の寝室で、袖に顔を近づけて自分の匂いを嗅いだ。「カビ臭い?」「少しね」と夫婦で会話する場面は、渋めの着物なのに妖艶で、ゾクゾクするほどの生々しさだった。

文、イラスト=浅生ハルミン

あさお・はるみん イラストレーター、エッセイスト。『本の雑誌』(本の雑誌社)に「こけし始めました」、TASC(公益財団法人たばこ総合研究センター)発行の機関誌『TASC MONTHLY』に「嗜む街角」を連載中。正月は老父母と温泉旅館へ。思ったことをすぐ口に出す父と同じ部屋で寝ることに抵抗を覚えました。皆さんはいつまで同室でしたか。

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