『碁盤斬り』の草彅 剛


盆栽、水石、変化朝顔……江戸時代の武士が嗜(たしな)んで、町の人にも広まった趣味を、今も熱く追い求める趣味の達人を訪ねた『江戸・ザ・マニア』という本を上梓した。そのうちのおひとりが言った「もし江戸時代に生まれたら、暇のある武士になりたい」という気持ちのこもったひとことが、観(み)ているあいだじゅう、頭の中でこだました。
『碁盤斬り』は落語「柳田格之進」をもとにした緊張感満ちる復讐(ふくしゅう)劇。と同時に、長屋住まいの武士や、趣味を楽しむ裕福な町人のライフスタイルを窺(うかが)い知ることができる映画でもある。
真面目一徹の柳田格之進(草彅 剛)は彦根藩の「進物係」だったが、掛軸を盗んだ濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)で藩を追われ、浅草の裏長屋で娘のお絹(清原果耶)と暮らしている。家賃の滞納はしっかり者の娘に免じて、気のいい大家さんが大目に見てくれているという貧乏暮らしだ。
格之進は篆刻(てんこく)の仕事で細々と収入を得ている。白い石を彫ってはんこを作る。今と違って部屋が暗くて、日が暮れたら今日の仕事は終わりなのだろうなと想像して観た。
はんこが仕上がったら吉原へ納品に赴き、廓(くるわ)の女将(おかみ)さんのお庚(小泉今日子)の囲碁の相手をする。その帰り道、お庚さんがはずんでくれた工賃を「賭け碁」に使ってしまう。それは姑息(こそく)な相手に我慢ができず「囲碁だけは正々堂々、嘘偽りなく打ちたい」という美学のため。ただ現実は、長屋の家賃も払えない身の上である。そんな格之進を長屋の人たちは「柳田様」と呼んで敬っている。そこになんとも言えないおかしみが渗(にじ)み出ている。落語世界の人情深さと、超真面目を上回ってクールさを湛(たた)える格之進の存在感とが出会って生まれた物語に目を見はった。
もうひとりの碁友である裕福な質屋・源兵衛(國村 隼)。ここで私が嬉(うれ)しかったのは、青い染付の鉢に植えられた万年青(おもと)らしき植物が源兵衛さんの庭の専用棚に2段も並んでいたことだ。万年青は葉を愉(たの)しむ古典園芸植物で、徳川家康江戸入城を祝う家臣からの贈り物だったことから「引っ越し万年青」と呼ばれ、江戸の園芸好きに流行した。育てるのが難しく、今も希少種を手に入れるためなら何十万円はたいても構わないという愛好家がいらっしゃる。映ったのは2回。しかも2回目はカメラが少し寄りになった。画面の中で、江戸の趣味人の暮らしを彷彿(ほうふつ)とさせる物として万年青が健気(けなげ)に葉を広げている勇姿を、万年青ファンの私は親になったような気持ちで見守った。
文、イラスト=浅生ハルミン
あさお・はるみん イラストレーター、エッセイスト。『江戸・ザ・マニア』が淡交社より発売中。万年青の師匠に教わって買った万年青の鉢植えを、なんとか枯らさずに育てています。