浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア 4 流れる

 舞台である柳橋は東京随一の花街。ところが、おつたさん(山田五十鈴)が切り盛りをする芸者置屋の「つたの家」は、すっかり落ち目で台所事情は火の車、借金取りが毎日のようにやってくる。それでも芸と器量で身を立てることしか生き方を知らず、一人娘の勝代ちゃん(高峰秀子)からは時代遅れだの、男のための借金で家を抵当に取られただのと責められる。
「つたの家」の女たちは、生きるためにはお金が絶対的に必要で、それゆえ男に頼らなければ生きてゆけない性分。
「男を知らないってことのどこが恥ずかしいのよ」とかみつく勝代ちゃん(結婚なんか夢と思っている)と、「女に男は要らないってよ、あはははは!」とせせら笑う染香さん(杉村春子)の言い争いは、これって今の世の中もおんなじこと言ってるよ、とこちらも胸ぐらをつかまれるような迫力だ。
 彼女たちの金銭感覚は、コロッケのソースを借りることだったり、化粧クリームや台所の酒が誰かにちょろまかされていることで表されるが、貧乏くさい生活感があるからこそ、ぐっときてしまう。お姐さんたちは何かというと出前を頼む。借金取りをあしらうための出前、味方になってほしいとき食べさせる出前、浮足立ってとる出前。五目そば、天丼、チキンサンド、お寿司にお酒、それと果物。食べ物って華やぐし盛り上がるなあと思うのと同時に、ほんのりと悲しきものにも見える。
 田中絹代は「つたの家」をけなげに賢く見守るお手伝いさんのお春さんを見事に演じていた。気働きがして丁寧な物腰、ああいうのはどうやって練習するんだろう。その控えめなお春さんが、お姐さんたちにおまんじゅうを振る舞う場面がある。地味だけど、とても大きなおまんじゅうが、ものすごくよくてものすごく悲しい。「ささやかな、私のおごりです」とおまんじゅうを配るお春さんは、悲しいおつたさんたちに、自分を少しだけおごってみせたのだと思った。
 不器用で、優しくて、損するおつたさんは、日本画みたいで、堂々として美しい。ふびんを背負った美しさなんて、フン、放っといてちょうだいって思うけど、そうした世界をつくりあげ、みせてもらうことができるのも、映画の素晴らしいところだと思う。

文、イラスト=浅生ハルミン

あさお・はるみん 三重県生まれ。雑誌や書籍などで活躍中のイラストレーター、エッセイスト。
著書多数で、中でも『私は猫ストーカー』(洋泉社)は、2009年映画化され、話題に。
近著にパラパラ漫画『猫のパラパラブックス』シリーズ(青幻舎)。