ダブルキャリア列伝【6】 丹道夫さん

[第21回]一曲200万円、ヒットしたら1000万円

 
 
2008年12月22日
 
 

 

── 丹さんのように2つのキャリアをうまく積んでいくにはどうしたらいいんでしょうか。

 問題は時間です。僕はいつも鉛筆とメモを持って歩いています。書き始めたら、ずっと書きたいから、電車の中でも書く。その切り替えが難しい。

── 原稿用紙に書かれるんですか。ワープロですか。

 手書きです。1冊120円のドラえもんのノートが一番いいんですよ。升目になっていて字数がわかるから。いろんなことを想像して、死ぬほど書いていく。1回で全部の詞が書ける時もある。滅多にないけど(笑)。

── 1週間のなかで、富士そばの経営の仕事に使う時間を10としたら、作詞の時間はどれくらいですか。

 盥(たらい)が富士そばだったら、お月さんが作詞の時間(笑)。富士そばの方が多いですよ。3対7ぐらいか。

── 3が作詞。

 そう。それが反対になるときもあるんですよ。新規出店と新曲の執筆が重なったときは一番苦しかった。天童よしみの作品を書いていて、結構苦しい思いをしました。悩まなくてもいい出店だったら簡単なんだけど、「これは当たるかな、当たらないかな」と思いながら出す店だときつい。

── 富士そばに最適な物件は、駅に近くて、一階で人通りが多い。条件はそれぐらいですか。

 他にも沢山あるんです。間口があるでしょ。角地かどうか。通っている人の色。黒か白か、あるいは赤か。

── 黒がいいわけですか。

 そう。サラリーマンが多いわけですから。逆に、白や赤が多い、カラフルな地域は調整が多くて面倒くさい。
 実物を見なくてもいい好物件もあるんです。間口も広いし角地、人も多い。でも、ちゃんとした論理を持ってやらないと駄目になります。いつも勉強しないと。「たまたま当たった」では困る。

── 作詞はお金も入るんですか。

 一曲書くと印税が200万円ぐらい。インターネットがこれほど普及していないときは600万円入ったんです。有線に持っていくだけで相当売れたからです。「港のかもめ」で入ったのが250、60万円かな。

── 売れるとその分がまた入る仕組みですか。

 そうなんです。僕が死んでからも100年間入るんですよ。タイの奥のチェンマイにこの間、旅行に行ったら、そこのカラオケに「港のかもめ」が入っていてびっくりしました。

── 作詞というのはちゃんとやればお金になる。

 なりますよ。これは作曲の例だけど、長良川艶歌を作曲した岡千秋さんに、「いくら入ったの」と聞いたら、「9000万円」と。だけど、なかなかヒットしない。ちょっとヒットしたら1000万円が相場です。

── 今、31曲分あって、印税が入ってくる曲が何曲くらいあるんでしょうか。

 30ぐらいありますよ。額は少ないですけどね。

── それでもやる気になりますか。

 好きだからね。

── やっぱりそっちが先ですね。

 先。書いていると時間が経つのが早い。好きなんだろうね。

── 脳梗塞になりかけたことがあるとか。

 そう。書けなくて、書けなくて、もう寝ないでいいわ、と思って書いたんですよ。朝起きたら、目がよっちゃって見えないんですよ。「おかしいな」と思って病院に行ったら、「そのうち治るでしょう」って言われて、でも治らなくて、眼科で診てもらった。そうしたら、「これはうちじゃない。脳外科だ。脳梗塞の傾向がある」って、すぐ救急車で横浜の脳外科病院に行った。すぐに診てくれて、一週間ぐらい入院した。そのときに調べてもらったら、「もう二度と脳梗塞にはならないでしょう」と医者が言うんでよ。それで安心しました。

── それはよかったですね。

 テレビを観ていると、よくみんな「夢をかなえた」と言います。歌手でも野球選手でも、サラリーマンの人でも、追いかける夢がある時が幸せなんです。夢をかなえた瞬間がいい、とよく言うんですが、そうなったら夢はなくなります。幸せではなくなるんです。夢を追いかける状態が幸せなんですよ。そのへんを勘違いしないように、と言いたい。

── 丹さんの夢は富士そばの社長だけでは終わりたくなかったんですね。

 そう。富士そばの社長っていうのは、そんなに面白くないです。

── 面白くないですか。

 面白くないですよ。詞を書いて歌がどんどん売れるんだったら、そっちの方が楽しいですよ。大変な仕事だけど。

── どちらかを選べと言われたら。

 今は富士そば。詞は大変。僕はまだ詞一本で食っていけないわ。

── 作るのが大変だけど、それがまたヒットしなきゃ駄目ですね。

 そう。何がヒットするかわからない。自分が駄目だと思うものがヒットしたり、逆にいいと思ったのがヒットしない。先が読めないので大変です。

── 富士そばは読めるんですか。

 これだけ経験を積むと、大体わかります。楽しいですよ。でも、富士そばがあるから、作詞もできる。余裕がないと作詞はできない。明日、食べるものに事欠く状態で、愛だの恋だの書けませんから。

── 丹さんご自身の愛だの恋だのは、詞に生きていますか。

 それは生きているね。恋したときはすぐ詞が書けるよ。

── (笑)ああ、そうですか。

 だから、誰かの恋愛を見るのが詞を書く一番の近道かもしれない。よく、落語家は見てきたような嘘を言うと言うでしょ。あれと同じ。作詞家の水木れいじさんに、この間、「何歳から書いているんですか」と聞いたら、「中学校1年の時に書いた詞がレコーディングされた」って。「こんな何十年も書いている人には勝てない」と思いましたね。経験豊富で手練手管があったら何でも書ける。そういう人と肩を並べてやるのは大変なこと。

── これからも、富士そばと作詞をうまく両立していかれる、と。

 はい。富士そばをもっと育てて大きくしたい。若い人がいっぱい働いているから、彼らの夢をかなえて、いい生活をさせてあげたい。詞に関しては、もっと有名な人に歌ってもらえるような作品を書きたい。目標は五木ひろしさんと森進一さんです。

 


 

【インタビューを終えて
 ダブルキャリアの掟~丹道夫さんの場合】

 本当は都内の富士そばで買いたかったのだが、いくつか廻ってはみたものの、なかなか在庫がなかった。丹まさと作詞の最新曲、西森みわが唄う「長崎の雨」というCDを購入できたのは、埼玉・川越の店舗だった。
 丹さんに話を伺った後で聞くと、いつもは聞こうともしない演歌が、新鮮な気持ちで耳に入ってきた。なるほど、みごとな起承転結になっている。この短いフレーズが形になるまでに、どれだけの苦吟があったことか。

 丹さんのダブルキャリアはなぜうまく行っているのか、以下、3つの“掟”を説明してみたい。
 丹さんの自叙伝『らせん階段一代記』には、(2)で紹介したように、類稀な商才を発揮したエピソードがいくつも紹介されている。商売の基本は、未だ出会っていない何かと何かを結びつけることだ。そのギャップを埋めると、利益が生まれる。そういう意味で、「遊び疲れた人は、冷たい飲み物が欲しいのではないか」と考え、病院で安く買った牛乳を、池袋の歓楽街で、何倍もの値段で売ってみる、という発想はさすがである。
 考えてみれば、詞にも似たところがある。本当はXと言いたい。でも、素直にそう書いても詞にならない。そのXを、どんな言葉で表現するか。そこには発想の転換が必要だ。丹さんは肯いてくれなかったが、豊かな商才は詞作にも大いに生きているのではないだろうか。最初の掟は、丹さんが詩作にも応用可能な豊かな発想力の持ち主だ、という点である。
 丹さんは自著の末尾に、「成功への秘訣」として、〈ひとつのことを集中して持続することにあり〉という一条を記している。作詞の世界は30代半ばから憧れていたそうだが、もしその時、中途半端に作詞の世界へ足を踏み入れていたら、どうだっただろう。おそらく、都内の繁華街に富士そばはなく、丹まさとも生まれなかったのではないだろうか。店舗数も一定の規模を超え、青年会議所卒業というタイミングがあって、初めて本格的な道に進んだ。ダブルキャリアは50代でも遅くないということだろう。まずは、ひとつのことに集中し、極めよ。これが第二の掟である。
 そう考えると、富士そばがなければ、丹まさとは生まれなかっただろう。英語でスラックという言葉がある。本来は「緩み」を指す言葉だが、要は、物質的な余裕のことだ。富士そばという物質的基盤があるからこそ、「愛だの恋だの」の詞が書ける精神的余裕が生まれるのではないだろうか。経済基盤を支える下部構造が富士そば、イマジネーションを膨らます上部構造が作詞ということだろう。スラックを確保せよ。これが第三の掟である。

 取材場所となったダイタンフードの一室の壁に、丹さんがおそらく書かれた、墨痕鮮やかな「心訓」が飾られていた。その冒頭がこれである。〈世の中で一番楽しく立派なことは一生涯を貫く仕事を持つこと〉。賛成!

 
 

丹 道夫

たん・みちお
ダイタングループ 代表取締役

1935年愛媛県生まれ。東京栄養食糧専門学校卒業。4度の上京を経て埼玉県川口市で弁当屋を開業。その後、友人とともに不動産業を営み、月商7億円を売り上げるまでに成長させる。1966年、富士そばの原点となる立ち食いそば店を渋谷に開店。1972年、ダイタンフード株式会社を設立して独立し、富士そばの経営に専念。2008年10月現在、都内、千葉、神奈川、埼玉で77店舗を数える。2006年8月に、自叙伝『らせん階段一代記』(講談社出版サービスセンター)を上梓。全国の書店、および富士そば各店で販売中。

 

インタビュー・構成=荻野進介

●おぎの・しんすけ 1966年、埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業。著書に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK出版、生活人新書、2007年)。

 
 

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