ダブルキャリア列伝【5】 小山龍介さん

[第17回] 「残業時間200時間超」のなかから“HACK”が生まれた

 
 
2008年10月9日
 
 

── そういう意味で、小山さんの場合、山のような仕事をこなすうちに一皮むけたという経験をお持ちですか。「最も大きな転機」といってもいいのでしょうが。

小山 大学を出て、広告代理店に入り、その会社で一番忙しい部署の一つに入った時でしょうか。毎月の残業時間が平気で200時間を超えていました。それが自分にとっての一つの転機でした。もともとハックって、その時に見つけたようなものなんです。当時の上司がすごく仕事のできる人で大いに影響を受けました。いまだに私の師匠ですが。
 もう一つの転機が人に仕事を任せることになったときです。それまでは200時間働けば全部、自分でできたんですけど、それ以上の仕事を任されたときです。
 実は今、結構な数のプロジェクトを動かしていますが、それがなぜできるかというと、メインの責任者が他にいて、僕はそのサポート役という立場だからです。もちろん、指示したりサポートしたりディレクションしたり、「これはちょっと駄目だ」とか、もろもろの判断はします。でも判断にはそんなに時間がかからない。もし判断業務だけだったら、ものすごい量をこなせるはずですが、いろいろな雑事が発生するのでそうも行きません。

── 適切な判断を下すためには、自分ができなければいけない。しかも、判断の中にいろんな知恵が詰まっているわけですよね。

小山 そうですね。うまい判断ができるようになるには、多様な経験を積むことと、そこから学んだことを法則化しておくことが必要です。まさにハックです。経験を積むだけだと、成功体験に引きずられてしまうので、失敗しやすいんです。
 そうではなくて、経験を疑ってかかる。さらに経験から方法を取り出して法則化する。しかも僕は現代アートが好きなので、今までの経験を割と疑うことが楽しい。天邪鬼なんです。この経験は実は失敗ではなかったか、と。だから過去の成功体験もうまく切り捨てて、「こういう新しいやり方のほうがいいんじゃないか」と冷静に考えられるのかもしれません。

── 小山さんはまさにマルチキャリアだと思うのですが、「小山さんとはどういう人ですか」と聞かれたら、ご自分でどう説明されるのでしょうか。

小山 新規事業のプロデューサーです。でも、その新規事業の中には、現代アートから文化人類学まで、幅広い内容を含んでいる。
 僕にとってのダブルキャリアのイメージは、個々の仕事を、その都度、別の言葉で言い換えること。だからダブルキャリアといっても、肩肘を張ることではなくて、ある一つの仕事をやっていても、それを別の言い方にしてしまえば、ダブルキャリアになるんです。

── 例えばどういうことですか。

小山 僕は広告代理店でずっと広告の仕事をしていました。世の中には、広告代理店出身でクリエーターの人もいれば、脚本家になる人もいる。なぜそれが出来るかというと、広告という仕事をやりながら、心理学的な面も含め、人の気持ちをずっと研究していたからです。それを生かせば、脚本家にだってなれるわけですよ。

── それは、小山さんが本で書かれている「分母を入れ替える」ということですか。北野武さんのように、お笑い芸人、作家、テレビ司会者、映画監督、大学教授と、活躍の場をさまざまな領域に移していくことですね。

小山 まさにその通りです。そうすると、広告会社にいる人は、目の前の広告の仕事がダブルキャリアのスタート地点になるということです。ダブルキャリアといって自分の外側ばかり見るより、自分が取り組んでいる仕事をどう言い換えられるか、考えてみればいいんです。

── そういうことですね。その言い換えの方法とは、自分自身や仕事のことを、一段、離れて遠くから見るということです。それをやるには幅広い教養が必要になる気がします。小山さんも、美学や哲学といった素養があったからハックが発見できた。

小山 そうですね。ハックの本題は生き方ですからね。今は、お金に結びつくことばかりが評価されて、いま一銭にもならないことは勉強しても仕方ない、と言われがちですけが、もったいない。
 ダブルキャリアに関してもそうです。「ダブルキャリアでいかにお金を儲けるか」という発想の人もいていい、と思います。でも、それだけだと人間が貧相になるのではないでしょうか。
 本業をやっていても、副業のことが気になるとか、逆に副業をやると、後ろめたくて身が入らないとか。やっていること自体に悩みがつきまとい、生活に余裕がなくなるダブルキャリアはどうかな、と思います。お金よりも、人生をどう豊かに生きるか、という目的のほうを重視して欲しいですね。

── 小山さんのようなマルチキャリアの人は正直、時間のない日もありますよね。そういうときはどうしますか。ハックで切り抜けますか。

小山 時間がないときは結構あります。でも、時間は限られているからこそ、密度が上がって充実した仕事ができます。時間の貴重さが分かるんです。時間があるときのほうが、時間を無駄にしやすい。
しかし一方で、忙しすぎて消耗するような時間の使い方をしている人も多いと思います。それが無駄なのか、有効な時間の使い方なのか、判断の軸とすべきなのは、自分がそれで充実感を得ているかどうかの実感です。YESなら続ければいいし、NOなら無理せず辞めることです。
 広告代理店時代、毎月、残業を200時間やっていたとお話しましたが、でも、毎日、ものすごく充実して楽しかった。これだけ働いていて楽しいというのは、にわかに信じられないかもしれませんが、学ぶべきことが毎日あって、日々、刺激を受けていたから、全然平気だったんです。
 今、「もう一度やれ」と言われたら辛いですけど、そういう時間の使い方も重要だったんでしょう。でもそれは、卒業するときがくる。そのときには、同じ時間の使い方をしていても楽しいと思わなくなってくる。そのタイミングを逃さないことです。

── 卒業する時期とは。

小山 人に任せるということ、手放すということです。そのためには、方法にフォーカスして法則化し、それを人と共有して伝えていくということ。大切なのはトライ・アンド・エラー、いろんなことを試してみるということ。やってみないとわからないですから。それで失敗から学んでいくということです。

── 今後の小山さんのご予定は。

小山 大学の非常勤講師とか、アカデミックな分野で誰かに何かを教えることをやりたい。現場でビジネスやっている人が、学校で教えるのは大変重要なことですが、日本ではあまり例がない。それをぜひ日本でも根付かせたいと思っています。

── 教えるのはハックの作り方ですか。

小山 新規事業でもマーケティングでもいいんですが、教える以外に、新規事業の設計もやりたいですね。

── 本はどうですか。

小山 引き続きハックの続編を書きつつ、近いうち、マネジメントに関する本も書きたい。IDEOというアメリカのデザイン会社があります。ここはハックを幾つも組みあわせて、一つの組織がどうやってイノベーションを起こすか、という実験をやっているんです。どんなメンバーが入っても、常にイノベーションが起こせる組織を目指している。ハック自体は大分、数が貯まってきたので、今度はそれを組み合わせて、組織をどう活性化していくか、ということを考えていきたいですね。

 


 

【インンタビューを終えて
 ダブルキャリアの掟~小山龍介さんの場合】


 小山さんのハック・シリーズの最新刊、『STUDY HACKS!』(東洋経済新報社)には、まさに「ダブルキャリアを目指す」という項がある。本業で万が一のことがあった場合、いつでも乗り換えられる=キャリアのセーフティネット、という位置づけだ。
 そして、「副業に力が入ると、本業がおろそかになる」という、よく言われる批判に対して、以下の3点を挙げ、反論する。
 ひとつは、2つ目のキャリアで身につけたノウハウが本業にフィードバックできること、ふたつ目の理由は、2つ目のキャリア(仕事)がセーフティネットになり、本業で大胆な冒険ができること、3つ目がひとつのキャリアだけをこなしていると陥りがちな閉塞感の打破につながること、とある。どれも納得できる理由である。
 小山さんにとって、ダブルキャリアどころかマルチキャリアの実現がなぜ可能なのか、以下、3つの“掟”を指摘してみたい。
 ひとつ目は、見てきたように、ハック=仕事の効率化・高速化・高質化のためのノウハウを自ら編み出し、実践していることである。それなくしては、新規事業開発のプロデューサー、プロフェッショナルコーチ、著作家と、異分野で活躍する日々を乗り切ることはできなかっただろうし、今後もできないだろう。
 その集大成が本になり、本が売れたおかげで、私の勝手なネーミングだが、「ハック研究家」という新たなキャリアが加わった。
 ふたつ目は、哲学の素養である。哲学はおおまかに、認識論、存在論、人生論の3つに分けられる。お話を伺った限りでいうと、小山さんは特に認識論に関心が深いように思われた。認識論とは物の見方である。小山さんは特に、「脱構築(破壊のための破壊ではなく、生産的、建設的な破壊。日本語の換骨奪胎に近い)」という概念を唱えた、フランスの哲学者、ジャック・デリダから多くを得た、と話していた。
 【第3回】で、「個々の仕事を、その都度別の言葉で言い換える」ことがダブルキャリアのイメージと述べていたが、これこそキャリアの換骨奪胎、つまり脱構築といえるのではないだろうか。小山さんの言葉を、「キャリアの脱構築から、もうひとつのキャリアが見えてくる」と言い換えてみたい。
 小山さんが昨年9月に出した『[超]WORK HACKS!』(アスコム)に、「結論はできるだけ先延ばしにする」という項目がある。優秀な経営者ほど朝令暮改をいとわず決定を覆す、イチロー選手のバットは細かに揺れ動きながら、最適なヒッティングポイントを求めて直前まで「ためらって」いる、といった例を引きながら、何が正解、何が不正解という予測が難しい時代に、安易に結論を出してしまう愚を指摘、物事をなるべく決めつけない、柔軟性の大切さを説くのである。
 ダブルキャリアとは、キャリアをひとつに決めず、可能性に対して、自分をいつも空けておくことだ。キャリアを先伸ばしにする姿勢といってもいい。小山さんも自分が歌舞伎や芸能関係の新規事業開発の担当者になるとは広告代理店で働いていた頃は決して想像できなかっただろう。よって、「先伸ばし」を小山流ダブルキャリア、3つ目の掟としたい。
 この連載を通じて得た掟をまとめて、「ダブルキャリア・ハック」という本でもつくろうかな。監修役はもちろん、小山さんである。

 

 
 
小山龍介氏

小山龍介

こやま・りゅうすけ

1975年福岡県生まれ。京都大学文学部哲学科美学美術史卒業。東急エージェンシー勤務を経て、米サンダーバード経営大学院でMBAを取得。
現在、松竹株式会社プロデューサーおよび松竹芸能株式会社事業開発室長として、歌舞伎やお笑いをテーマにした新規事業立ち上げを行っている。
著書『IDEA HACKS!』(東洋経済新報社、共著)、『Life Hacks 楽しく効率よく仕事する技術』(別冊宝島、監修)、『TIME HACKS!』 (東洋経済新報社)、『ライフハックのつくり方』(ソフトバンククリエイティブ)、『[超]WORK HACKS!』(アスコム)、『STUDY HACKS!』(東洋経済新報社)、『iPhone HACKS!』(宝島社)。


インタビュー・構成=荻野進介
●おぎの・しんすけ 1966年、埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業。著書に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK出版、生活人新書、2007年)。


撮影=相澤 正
 
 
PRESIDENT公式twitterアカウント

メールマガジン <プレジデントニュース>

 
 

「プレジデント」編集部員による取材現場でのこぼれ話やビジネスマンに役立つオリジナルコンテンツ、新刊書籍案内などを、週1回のペースでお送りいたします。

メールマガジン申込・登録変更