ダブルキャリア列伝【4.特別篇】 石黒不二代さん
[第13回] 社員の「これやりたい!」が企業を強くする
ダブルキャリアとは、複数の仕事をかけ持ちし、多忙だけれども、充実した職業生活を送る、そういう行為を指す言葉である。広い意味でいえば「副業」ということだが、小遣い稼ぎ、お金儲けがその筆頭動機ではないという点で、あえて「キャリア」という言葉を使っている。
ひとつの会社に定年まで勤めるという雇用慣行が崩れる一方、人々が働く期間は明らかに長くなっている。夢を仕事にしたい人、充実したセカンドキャリアを送りたい人、「仕事は遊び、遊びは仕事」だと思う人、そういう人にお勧めしたいのがダブルキャリアだ。
この連載では、2007月に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK生活人新書)を上梓した荻野進介が、スーパーなダブルキャリア人たちを取材し、そのきっかけ、仕事ぶり、両立させるノウハウなどを伺っていく。
第4回は、今年3月、マザーズ上場を果たした、PCやモバイルを中核としたウェブマーケティングの総合支援企業、ネットイヤーグループの石黒不二代社長にご登場いただいた。
石黒氏がこの5月に上梓した『言われた仕事はやるな!』(朝日新書)は、軽やかな、と言ったら、ご本人に怒られるかもしれないが、米スタンフォード大MBA留学を含む、これまでの氏の半生を振り返りながら、人から命じられたことではなく、自らがやりたいことを優先し、本人も組織も成長していくにはどうしたらいいか、を綴った内容だ。もちろん、ダブルキャリアとも大いに関連する。
しかも、同書によれば、ネットイヤーグループでは社員が自分の会社を持っていいし、副業も認められているという。同社には、社員と会社との新しい関係が芽生えているのではないか、と考え、取材に赴いた。連載特別篇、経営者が語るダブルキャリア論である。
インタビュー・構成=荻野進介
●おぎの・しんすけ 1966年、埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業。著書に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK出版、生活人新書)。
── ネットイヤーグループでは社員の副業が認められているようですね。
石黒 副業をしている人は入社時に申請してもらうのです。私が最終的に決裁するんですが、内容が会社の業務内容とかぶらない限り、認めています。
ネットイヤーはいろいろな職種の人が集まっている総合マーケティング会社です。戦略コンサルタント、クリエイティブディレクター、情報デザイナー、アートディレクター、プロジェクトマネジャー、システムコンサルタント……いろんな職種の人がマーケティングという軸で集まることで新しい価値を生み出しているのです。
例えば、サイトを作るクリエイティブディレクターが社外で同じ仕事をやるとしましょう。その場合、社内で色々な職種の人たちと協働すれば、もっと価値が上がる仕事なだから、その仕事をうちで仲間と一緒にやりましょう、という発想です。
でも、社内ではできないこともあります。例えば映画作り。ですから、「映画を作りたい」と言えば、それは副業として認めると思いますよ。
── なぜですか。
石黒 私たちの仕事は、お客様の要望に合わせたソリューションをケースバイケースで作り上げていくものがほとんどです。クリエイティブディレクターが副業で映画をとっていたら、中でやる仕事にも深みが出てきますよね。
── 出てきますね。クライアントからの高評価にもつながっていく。
石黒 そうやって、企業が自分たちのビジネスにその価値を取り入れることができれば、従業員と企業のもっとよい関係が築けるはずなんです。当然、当社には厳しい数字目標もありますが、本当の意味の成果主義なので、目標さえ達成してくれれば、そこからは、もっと人間的に豊かになる経験を積んで欲しいと思っています。
── その背景にはどんなお考えがあるんでしょうか。
石黒 これから、日本企業の雇用形態がすごく変わっていくと思うんです。今までの日本は縦割り社会でした。企業があって、やることが決まっていて、それに対してみんなが全身全霊を傾けて仕事した。滅私奉公で、言われたことを、ただひたすら遂行することで価値が生まれてきたと思うんです。
品質がよいテレビを安く作る。みんながテレビを観るのだから、それだけ作っていれば売れるわけです。そんなとき、日本の会社ってものすごくいいものを作るのです。
でもライフスタイルが多様化し、テレビを観ない人も出てきて、市場自体もどんどん小さくなっている。そうすると、日本企業って弱いんですよ。
企業が「これを作る」って言っても、ひとつに決められないということがもっと多くなる。ライフスタイルが多様化する中で、一企業内でまとめきれない需要がどんどん出てくると思うのです。そういう需要をうまく掬い上げるには、今までのように、上から「これをやれ」という仕事のやり方では無理で、社員の「やりたい」という気持ちを大切にしないと。
一方で、リナックスに代表されるオープンソースの流れがでてきました。それは企業が作ったものではなくて、コミュニティが作ったものです。そういうものに参加するエンジニアたちは企業への帰属心はありませんが、技術を軸に集まっている優秀な人たちです。そういう人たちが世界規模で集まって、ただで、すごくいいものを作ってしまった。15年くらい前から、企業という枠に縛られない、こういう労働形態がたくさんでてきたのです。
つまり、(消費する)需要側の変化と、(働く)供給側の変化が同時に起こっているのが今だと思うのです。
この人たちをどうしておくか。それなりに社会が豊かになったから、たとえ報酬がゼロでも、自己達成感がモティベーションになっている人たちもいる。では、もう一歩踏み込んで、社員に、「(社内の仕事とは別に)やりたいことでお金をもらうこと」を公に認めてもいいんじゃないかと思うのです。そうやって副業で生まれた価値をどうやって企業内に取り込むかを考えるべきでしょう。
── ネットイヤーではこの6月に、社員が自ら考えた計画に取り組むことができる「チャレンジタスクフォース制度」を始めましたね。
石黒 そうです。同じようなことをやる会社は他にもあると思いますが、うちの場合、本当に自分がやりたいことに対してお金を出すところが特徴です。
「新規事業=提案した人がやりたいこと」だと思いますが、欠点は、やるかやらないかを判断する経営側の基準が、「うちの会社の方向性に合うかどうか」になりがちなところです。大企業がやっている、インキュベーションが大抵うまくいかないのは、そこに理由の一端があると思います。基準が相当厳しくて、「それは駄目だよ。結局、あなたがやりたいことじゃないか」となってしまう。
もうひとつの問題は、それで失敗したら、その人の行き場がなくなってしまうことです。
うちは、その辺が結構ゆるいので、「自分がやりたいことを、手を挙げて発表してください」と言ったときにすごい数の応募がありました。
── どのくらいですか。
石黒 「予算として300万円つけますから、やりたいことがある人は、これから10日間のうちに申し出てください」と呼びかけたところ、160人くらい社員がいるなかで20人以上が手を挙げました。
しかも、個人でやると大変ですから、「仲間を募ってください」と言ったんです。プロジェクトを進めるにはプロジェクトマネジャーも、クリエイティブディレクターも要るということで、20人がそれぞれ集めるわけです。
── 20人がそれぞれ4、5人ずつ集めたら……。
石黒 それだけで、優に半数を超える社員が参加することになります。「実行して駄目になったら、今のポジションはあるのか」という疑問に対しては、「今のポジションをやりながらやって下さい」と言っています。
── 今の仕事と、やりたい仕事のダブルキャリアですね。
石黒 そうですね。社員のプレゼンテーションが本当にうまくて、感動しました。「こんなにうまかったんだ。なぜこれが売り上げに結びつかないのだろう」みたいな(笑)。
── やりたいことだからではないでしょうか。
石黒 本当にそうですね。日頃は会社から言われた目標を120パーセント達成するために頑張っているけれど、本当はやりたいことがずっとあったという人が結構いたわけです。そういう人たちほど提案の中身が際立っていて、結果的に上位に選ばれました。
── どんな内容ですか。
石黒 ウェブ更新のメンテナンス専用のソフトウェアを作って業界に無料で配ろう、ネットイヤーグループの海外オフィスを作ろう、インターネット家具を作ってみよう、などですね。他にも斬新な企画が山ほど出ました。
私が考えた場合、新規事業としては思いつかないものが多かった。私はそこまで飛べないし、第一、ネットイヤーグループというのはクライアント向けのサービス提供会社でサービスとかプロダクトを作っている会社ではないから、そんな発想はなかなか生まれにくいんです。でも彼らがいろんなアイデアを出してくれたことによって、事業に柔軟性が出てきた。もっと価値の高いものへジャンプできるかもしれないという感じがしてきました。
── こういう制度は、ネット企業だからできるのですか。
石黒 「ものありき」でやっている会社はちょっと難しいでしょう。既存企業、それこそ伝統的な市場で力を持っていた組織形態のところは転換が難しいと思います。
例えば小売店舗をもっている企業が、ネットに店舗を出すのは難しい。既存の市場に合った資産を持っているから、それが足かせになって新しい分野に踏み出しにくくなる。
そういう意味では、ネット企業は過去を引きずるような資産がありません。ネット企業に限らないのですけど、新しい企業ほど、こういう試みがやりやすいのは確かでしょうね。
── こういう試みにはアナウンス効果があると思うんです。「あの人はあんなことを考えていたんだ。こんなことに詳しいんだ」ということが社内にわかると、「じゃあ、この分野の話は、今後は彼に振ってみよう」となりませんか。
石黒 それはあるかもしれません。
── 大抵、みんな自分がやりたいことを語ることが少ないじゃないですか。そもそも、語ってもしょうがない、と思っています。
石黒 私は「応募したはいいけど、落選した人が嫌にならないかな」と心配していたんです。でも、そういう効果があれば、たとえ駄目でも、自分の好きな分野の仕事が次に振ってくる可能性がありますね。
── 絶対振ってくると思いますよ。
石黒 そうですね。それはいいご指摘です。というのも、うちの組織ではお客様別にグループ制を取っているのですが、グループの中で循環がないと新しいアイデアがでなくなることもあります。そして、こんな小さい組織なのに、組織を分けていることで、「他の部署の人とも組んで、新しいことをやって下さい」といっても、なかなか動かない。
ところが、この制度をやった結果、「携帯電話にすごく詳しい人があの部署にいる。その人とこの仕事を一緒にやったら、もっといいものができるかもしれない」という発見はありますね。
── 漫画にすごく詳しいとか、知られざる得意分野のある人を発掘できると思うんです。
石黒 うちはプロダクトアウトではなくて、カスタマーサービスに徹する会社なので、お客様が「こういうプロジェクトを始めます」という場合、例えば、「車に興味ある人、協力してもらえませんか」と、全社に聞くんです。そういう人が加わると、プロジェクトが横断的に専門特化して質が上がるので、お客様もハッピー、社員もハッピー。
── 横断力ですね。
石黒 そういう横断力が組織をかっちり作ってしまうとなかなか発揮できなくなります。うちは発揮できている方でしょうが、組織というものが持つジレンマですね。
(第2回につづく)
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