これからの民藝 「きものやまと」の付下げ1[PR|きものやまと×ハレの日

繊細な糸目友禅の付下げには、職人の丁寧な手仕事が重ねられている。
ハレの日に袖を通す1枚には、特別な日の記憶が少しずつ重なっていく。
作家・藤野可織さんが訪れたのは、京都の友禅工房。
ものをつくる人の言葉に耳を傾け紡がれたのは――
自分の中にそっと祝福が湧く、記憶をまとう衣の物語。

少し、好きになる

「今とちがって昔は、やりたい人が多かったから」と低く小さく穏やかな声を聞いている。「ずっとやり続けて、やり続けないといけなかった。そうでないとやり続けることができなかった」。40年以上のキャリアのある「岡山工芸」の坂口昌美さんの言葉だ。「今までやり続けることができているのが奇跡です」

 

坂口さんは、京友禅の彩色と色合わせの職人さんだそうだ。私は彩色の作業をしている彼女の隣に座らせてもらっていた。ここにはほかの作業をしている職人さんたちが何人もいる。その人たちの邪魔にならないように、坂口さんは静かに話していた。私たちは床に直接座って足を崩している。

工房では、2メートルほどの長さに反物を張るために木枠が組まれている。ぴんと張られた反物にはすでに糊(のり)で糸目と呼ばれる輪郭線が描かれている。そこへ、色合わせを経た染料を、筆でのせていく。染料を含ませた筆が花びらの小さな領域に触れる。見る間にあざやかな色が、灯(あか)りがともるように広がる。

作業を続けながら坂口さんが話す。洋服とちがって着物は平面でつくられているからどんな体型の人にも合う。着物は人が主役、着ている人をきれいに見せるものでないと……。私は少し驚く。端正に細やかに描かれた糸目はもうそれだけで圧倒的な美しさがあり、これ以上もうなにも加える必要がないとすら感じるほどで、それなのにそこに筆が触れるとさらにまた新しい美しさを獲得する。それはまるで整頓された室内からまぶしい外に出て風や光を浴びるような美しさだ。こんなにきれいなものだったら、だんぜん人よりこちらが主役であるような気がしてしまう。

 

「やってみますか」と筆を渡される。これは練習用ですから失敗しても大丈夫ですよとうながされ、おそるおそる筆を染料につける。色がにじんで広がりすぎるのをおそれて筆先で反物をつつく。それでも空気が入れ替わるようなあざやかな色がつく。少しずつ少しずつ色をのせていると、そんなに色を重ねては色合わせをしてつくった色とはちがう色になってしまいますよ、とやさしく笑われる。

たしかにそうだった。染料の色はすでに完璧なものがつくられているのだから、それを損なわないように一度で染めなければならない。恐縮して坂口さんに筆を返す。坂口さんの筆が、すでに染められている花びらの蘂(しべ)のきわに別の、もっと濃い色をのせていく。たちまち爪ほどの花びら一枚のなかに色のグラデーションができあがる。「人の手で、チームでつくりあげるものですから」と坂口さんが話している。

私はそっと工房内を見回す。職人さんたちはみなそれぞれ少しずつ離れた持ち場を守り、それぞれの作業に専念している。工房を見たあと、私は「岡山工芸」さんでこのようにしてつくられた付下げを着せてもらうことになっている。

着物を着たときのことはどれも特別な思い出だ。

 

ふだん洋服ばかりの私が洋服に求めるのは、面倒ごとがない、ということに尽きる。着る前も着ているあいだも着たあともたいして手間がかからないものを選ぶ。私が身につけるのはシャツやズボンばかりで、それも取り回しにくくならない程度にサイズの大きなものがいい。ハイヒールは何年も履いていない。スニーカーは足が痛くならないし、汚れていてもかまわないのがいいところだ。

私はどこででも買える、ちょっと自分には大きすぎるきらいのあるシャツやズボンを愛している。どこまでも歩いて行けそうな気がする無骨なスニーカーを愛している。それらとともに過ごす毎日は、時間がどこかに押し流していって私にはそれを見つけに行く時間もない。

 

付下げを着せてもらって、そうそうこれだ、この感じ、と思う。着物を着るというのは、いつもの服を着るのとはまったく別の体験だ。背筋が伸びる。自分の体のかたちが、というより自分がかたちある物質なのだということがはっきりと意識にのぼる。歩き方が変わる。具体的には歩幅が小さくなり、重心が前に移る。いつも使っているのとは別の言語を話そうとするときと似た緊張がある。語学とちがうのは、はじめは使いこなせない気がするのにすぐに身になじんで自在に操っている気分になることだ。そんな自分がうれしくて、着物を着ているとき、私は自分をいつもより好きになる。着物を着たときのことが特別な思い出になっているのは、きっとそのせいだ。

 

着物は人が主役、というのはそういう意味だったのかもしれないとはっとした。付下げそれ自体も当然ながら、一目見て愛さずにはいられないものだった。シックで涼やかでかっこよくて、繊細で品のよい染めにほれぼれとする。そうでありながら、着てしまうと、その美しさに気後れさせられることはない。むしろ着物が、私を私がもっと愛することのできるところまで引っ張り上げてくれている。

 

「ずっとやり続けて、やり続けないといけなかった。そうでないとやり続けることができなかった」。私も同じだ。これからもずっとやり続けるために、私はもっとときどき着物に助けてもらったらいいんじゃないのか、と思う。特別な思い出、自分をもっと好きになっていく経験を重ねることは、やり続けていく活力に変わるにちがいないから。

ふじのかおり⚫プロフィール

1980年京都生まれ。小説家。2013年『爪と目』で芥川賞受賞。静けさの中に不穏を孕(はら)む作風で注目される。著書に『私は幽霊を見ない』(角川文庫)、『ピエタとトランジ』(講談社文庫)など。

 

藤野可織さん着用)

ハレノヒ小袖付下げ訪問着 更紗(さらさ)花冠 石色 14万3000円(仕立て代込み)│レンタル価格 7万7000円(袋帯、帯締め、帯揚、草履、バッグなどの10点セット)

西陣袋帯 松波 漆黒 8万2500円

三色染め分け帯揚 七宝唐草 青緑×杏×淡藤 1万6500円

パール帯留 銀 6050円

彩大和三分紐 白雪 1万1000円

刺繍半衿 ハレストライプ シルバー 9900円

TITTI vintage bag 1万1000円

※伊達衿・草履は参考商品 (以上、きものやまと)

 

トップページ着物)ハレノヒ小袖付下げ訪問着 四季のしおり 鉄紺14万3000円(仕立て代込み)│レンタル価格7万7000円(袋帯、帯締め、帯揚、草履、バッグなどの10点セット)/きものやまと

【第2回】これからの民藝 「きものやまと」の新しい付下げ2 を読む

秋の彩りをまとう ─秋支度フェア

2025年9月4日(木)より、全国の「きものやまと」およびやまとオンラインストアで「秋支度フェア」を随時開催。久留米絣(くるめがすり)や尾州ウール、帯留めなど、これからの季節に楽しめる新作が揃います。また、着物の困りごとを相談できる「きもの何でもご相談会」も実施。季節の移ろいとともに、着物で秋の彩りを描いてみませんか。

「きものやまと」お客様サポートセンター
☎0120-18-8880
https://www.kimono-yamato.co.jp/

文・着る人=藤野可織 撮影=三浦咲恵 着つけ、ヘアメイク=薬真寺 香 デザイン=狩野聡子(tri)

※価格は消費税を含む総額となります。