染め織りペディア8

「大麻畑」はどこへ行った?

麻からイメージされるのは肌に涼しい夏布。なのに、大麻となると違法薬物だ。かつて「麻」といえば大麻のことで、神道では、今も艶やかで清浄なその繊維を幣(ぬさ)や衣に使い、「大いなる麻」の意を込めて大麻であったはずなのに……。
「植物の大麻は、薬用型、中間型、繊維型に分類できます。違法薬物は薬用型、日本の大麻は繊維型で麻薬成分はほとんどありません」とは、栃木県の那須高原にある大麻博物館館長・高安淳一さん。 「あえて館名を大麻としたのは、農作物としての大麻を伝えたかったからです」
 農作物としての大麻。日本人が古くから生活の中で使ってきた「麻」のことだ。衣類、漁網、釣り糸、畳表のタテ糸、下駄(げた)の芯縄などに大麻の繊維は広く使われてきた。また、夏涼しく冬暖かいという驚くべき性質があり、高安さんから「大麻は機能性自然素材です」と手渡された古布は手触りふっくら柔らかく、麻のしゃりっとクールなイメージを覆す。
「〝木綿以前〟の日本人は冬に麻を着ていて寒かったというのは間違いで、大麻繊維の機能に身を守られていたんです」  戦前まで、ジャージのようなふだん着として愛用していた土地だってある。
 大麻は成長が早い植物としても知られる。忍者は、日々丈が伸びる大麻を飛び越えることで跳躍力を鍛えたそうだ。「子供時代に知ったその話がずっと頭に残っていて、大麻に興味を持つようになった」と笑う高安さん。今なお大麻の栽培(認可制)が盛んな栃木県で生まれ育ったことも、関心を深めた。
 大麻の生命力に子供の成長への願いを重ねて、産着の柄に麻の葉文様が好まれるようにもなった。「この畑の風景、まさに麻の葉文様ですよね」と指差す写真を見れば、おお、まさに!
「正六角形を重ねた幾何学文様が大麻の葉に似ていることから、麻の葉文様と呼ばれるようになったんですよ」
 けれど、この文様と大麻の葉を重ねる人は少ない。現在、日本で「麻」といえば苧麻(ちょま)となる。苧麻は越後上布など高級な麻織物に使われる植物だが、葉の形状が異なる。このすり替えは、どうして。
 原因は二つ。庶民の暮らしを支えていた大麻が、大量生産の化学繊維に押されて激減してしまったこと。また戦後、麻薬として危険視されたインド大麻の規制から生まれた大麻取締法により、大麻のイメージが悪化、さらに栽培の手続きも煩雑になり、離農する人が増えたこと。
 そんな大麻の危機的状況を変えたいと、高安さんは大麻栽培から織りまで一貫作業のできる福島県の女性を探し当てて貴重な技術を学び、大麻の文化と技術を伝えようと活動を始めたのだ。博物館設立もそのひとつ。近年は、クラウドファンディングで農作物としての大麻や麻の葉文様についての書籍も刊行。まさに草の根運動だが、医療用など大麻の認識の変化とともに、繊維としての大麻も、静かに復権し始めている。

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文=田中敦子 イラスト=なかむらるみ

たなか・あつこ  手仕事の分野で書き手、伝え手として活躍。著書多数、工芸展のプロデュースも。甥(おい)っ子が和婚。叔母である私はもちろん着物ですが、装いルールはかなり変化している気配。

 

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