辛酸なめ子の着物のけはひ 『薄墨の桜』宇野千代

『春の雪』三島由紀夫 着物デザイナー・吉野一枝は 樹齢1200年の老樹である薄墨 の桜が縁で、高級料亭の女将 (おかみ)・高雄と関わりを持つ ようになる。複雑な人間模様は、 悲劇の結末を迎え……。

 

 98歳まで生きて、小説執筆や着物デザイン、食器や線香のプロデュースまで多岐にわたる活躍&華麗な男性遍歴を両立されていた、スーパー文化人・宇野千代先生。彼女のデザインにはよくモチーフに桜が使われていて桜への愛を感じさせます。桜のエネルギーを原動力にされていたのでしょうか。宇野先生のそんな強い思いが凝縮されている小説が『薄墨の桜』です。

 着物デザイナーの吉野一枝が、助手の雪子と共に樹齢千二百年の桜の樹を見に行くところから物語は始まります。山奥に隠棲(いんせい)中の継体天皇がお手植えされたという由緒ある桜。しかし行ってみると近くの水田の水はけの悪影響か、老木は今にも枯死しそうで花もまばらでした。その水田の持ち主は、マダムと呼ばれる正体不明の老嬢・高雄でした。桜の再生を阻む高雄と、吉野一枝の間に、七十代の百戦錬磨の女同士のバトルが勃発。えげつない土地転がしと枕営業によって財を成した高雄には、美しい養女・芳乃がいました。高雄の夫に大怪我(けが)をさせた男の娘ということで、高雄は芳乃を「煮て食っても焼いて食っても構わない」ともらい受け、彼女も枕営業要員として稼動させています。吉野一枝は美しく不 憫(ふびん)な芳乃を気にかけ、助けてあげたいと思うようになりますが、それは枯れそうな桜に対する思いとつながっているようです。芳乃は、吉野一枝の着物を優雅に着こなす大事な顧客でもありました。

 芳乃は、高雄の番頭である杉本という青年に思いを寄せていましたが、高雄に邪魔され、社長と関係を持つように強要されたり、社長の息子とくっつけられそうになったりします。でも、この小説では若い二人の恋愛模様よりも老女二人のバトルの方が見応えがあります。著者自身を思わせる吉野一枝もデザイナーとして活躍していますが、高雄は国会議事堂裏に豪華な料亭をオープンさせたり(設計は本人だとか)、かなりのやり手です。料亭のオープン日、生々しい身の上話をお客の前でぶち上げた高雄。戦後、闇市場に関わり何度か留置場に入れられたこと。甲斐性(かいしょう)ある男性の庇護(ひご)を受けてきたこと。そして「満八十歳になった日に、自殺します」というメンヘラ的な宣言まで。高雄は朽ちていく桜と心中するつもりだったのでしょうか。桜も無理に蘇生(そせい)させず、枯れる時は自然に任せたほうが良いのかもしれません。助手の雪子や芳乃をかわいがり、そこから無意識に若いエキスを吸いとっている吉野一枝の生き方と対照的です。老後の女の人生について考えさせられる『薄墨の桜』。モデルになった「根尾村の桜」は今も美しく咲いているそうで、人間の女は桜には適かなわないのかもしれません……。

(イラスト・文)辛酸なめ子 

 

しんさん・なめこ 

漫画家、コラムニスト。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『魂活道場』(学研プラス)。