浅生ハルミンの銀幕のkimonoスタア21 『彼岸花』の田中絹代

友人の娘の結婚話には物分かりがいいけれど、いざ我が娘に恋人がいるとわかった途端、意固地になってしまう父・平山 渉(佐分利 信)。商事会社の常務職に就いて書類にはんこをつくのがもっぱらのお仕事。山手の一軒家で妻の清子さん(田中絹代)と二人の娘(長女は有馬稲子、次女は桑野みゆき)の四人で暮らす。外出先から帰るなり居間に背広やワイシャツを脱ぎ捨て、清子さんにてきぱきと拾い集めてもらうのも、着替えを手伝ってもらうのも、友人の娘の結婚式でのいかにもなスピーチも、これぞ「昭和のお父さん」だ。そんな彼に、お茶目で要領のいい京都の旅館の娘・幸子さん(山本富士子)はちょっとしたいたずらを仕掛け、妻にも最後とどめを刺されるという、父と長女の関係を軸においた、サラリーマン・ホームドラマである。  女優さんたちが身につけているのは浦野染織研究所(浦野理一)監修による、素晴らしい紬の着物の数々。小津安二郎の映画ならではのモダンな色彩構成と響き合って、それ自体が映画の差し色のように際立つ無地の色帯を合わせた着こなしに、いつものことながら目を奪われる。地味目な普段着と見えても、それに収まらない一味違った魅力は、ざくざくと織り上げた紬の、素朴な素材感が伝わってくるからだろう。  田中絹代が演じる清子さんは、慎ましくしっかり者で、家族思いの妻である。丈夫で控えめな色と柄、ナチュラルで気取らずに着られる紬の着物が役柄にぴったりくる。絹糸に撚りをかけて織り上げられた紬には、派手ではない美しさが宿っている。そんな秘めやかな贅沢も、田中絹代の佇まいと重なっているように思う。  清子さんが家で過ごす普段着は小格子に黄色の無地紬帯。白い半衿を細くすっきりと見せて、帯揚げも白。肩から袖、胸の前をふっくらとゆるく着つけて、こざっぱりとした生活感が感じられる雰囲気が素敵だ。『彼岸花』の紬のコーディネートには古びない良さがあって、生活の中で、こんなふうに着てみたいと思うものばかりだ。  幸子さんの着物は対照的で、一瞬にして目を奪われるあでやかさ。縮緬に総柄の型染め、赤い無地の帯を平組みの黒の帯締めで引き締めて。衿合わせと肩から胸下をぴしっと体に沿わせた着方も、若々しく眩しかった。

文、イラスト=浅生ハルミン

あさお・はるみん 三重県生まれ。イラストレーター、エッセイスト。著書に『私は猫ストーカー』、毎日3時ごろに何をしていたかの日記『三時のわたし』など。現在NHK Eテレ『又吉直樹のヘウレーカ!』のイラストを担当中。

Vol.59はこちら