第十八回 酒呑童子絵巻

 〔 日本の鬼はなぜ虎の皮の褌(ふんどし)をまとうのか 〕

日本における鬼の装いといえば、昔から虎の皮の褌と相場が決まっている。室町時代の絵巻から、頭に角を生やし、雷撃を発する美女(正確には鬼ではなく宇宙人だが)に虎皮のビキニをまとわせた現代マンガにいたるまで、彼・彼女らはなぜ虎の皮を身につけるようになったのか。

そもそも「鬼」とは何だろう。漢字の「鬼」は、「.」「儿」「厶」が合わさり、「死者の魂」を表したものだという。確かに鬼を部首とする字には、「魂」「魔」「魑ち魅み魍もう魎りょう」など、霊的・神秘的な存在に関連するものが多い。日本でも上代から「鬼」の語は見えており、『日本書紀』神代・景行天皇の条では、皇威に従わぬ種族を、邪あしき鬼もの、邪あしき神かみ、姦かだましき鬼と記し、『万葉集』は鬼を醜しこと訓じ、『出雲(いずも)国風土記』大原郡条に登場する一つ目の鬼は、他界の畏怖すべき存在とされた。そこに登場する「鬼」には、後の物語や絵画などに現れた鬼が背負う、超人的な異能者・邪神怪物・異族・異形、といった属性の萌芽(ほうが)が既に見られる。

彼らが額に角、口には牙を生やし、腰に虎の皮の褌をまとった姿で描写されるようになるのは、仏教経典に語られる羅刹(らせつ。インド神話に現れる悪鬼の一種で、空を飛び、大力で牙を持ち、人を食うとされた)などの影響らしい。そしてアジアに広く分布した猛獣の王である虎は、古くから恐怖と信仰の対象、かつ毛皮が珍重される存在として、本来生息しない日本でも、文献や絵画の中に繰り返し登場し、親しまれた。やがて平安時代に比叡(ひえい)山の僧・源信が『往生要集』で説いた、地獄と極楽の思想が絵解きされるようになる過程で、その姿が画像として定着していく。

こうした鬼のヴァリアントの1典型が、都の貴族の娘たちを次々と掠奪(りゃくだつ)して喰くらったという酒呑童子(しゅてんどうじ)だ。源 頼光や藤原保昌たちが勅命を受けて退治する、という物語が、14 世紀頃には成立。多くの絵巻物や奈良絵本などに描かれ、鬼退治の物語を代表するものとして普及していった。謡曲ではまつろわぬ民が比叡の山を伝教大師(最澄)に追われ――と、ただ不条理な殺人鬼とは異なる、その出自が語られる。 根津美術館での「酒呑童子絵巻―鬼退治のものがたり―」には、時代も描き手も異なる複数の「酒呑童子絵巻」が出展される。美々しい甲冑(かっちゅう)で装った武士たちに対して、逞たくましい裸体に虎皮だけをまとった姿で描かれる鬼の、ユーモラスであったり、悲愴(ひそう)であったりする姿に込められたものが何なのかを、汲くみ取りたい。

     

文=橋本麻里

 

 

はしもと・まり 日本美術を主な領域とするライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。慌ただしい秋の展覧会関連の仕事もひと段落。単行本の準備をあれこれはじめています。他誌ですが、着物でのグラビアにも登場。熨斗目(のしめ) の魅力をご紹介する予定です。

 

 

酒呑童子絵巻-鬼退治のものがたり-

 会場/根津美術館(東京都港区南青山6-5-1)

 会期/2019年1月10日~2月17日

 開館時間/10:00~17:00(入館は16:30まで)

 休館日/月曜 (月曜が祝日の場合、翌火曜)

 入館料/一般1100円

 問い合わせ先/℡03-3400-2536  

http://www.nezu-muse.or.jp/

 

 

伝 狩野山楽筆 酒呑童子絵巻(部分) サントリー美術館が所蔵する同系統の最古本である狩野元信「酒伝童子絵巻」を踏襲しつつ、随所に改変が加わる。切り落とされた鬼の首が血を滴らせつつ、なおも中空から頼光と向かい合う、緊迫の場面を描く。

 

 

 

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