【第四回】「明るくて良い存在」であれ

 
 
2008年3月19日
 
 
写真・大沢尚芳
 
 

【第四回】
「明るくて良い存在」であれ


最高の倫理観をもって、物事に対してオープンで正直であれ。
そして隠し事をしてはいけない。

スティーブ・ウォズニアック (アップル共同創業者)
Try to have the highest of ethics and to be open and truthful about things, not hiding. (Steve Wozniak)

 この言葉は、アップルの共同創業者、スティーブ・ウォズニアックが「起業しようとしている天才的技術者に対して、どんなアドバイスをしますか」という問いに対して答えたものです。ウォズニアックは、この連載の第一回で出てきた、現CEOのスティーブ・ジョブズとともにアップル・コンピュータを立ち上げました。ジョブズとは対照的に、彼はアップルが大成功したあとに「本当にやりたいことをする」といって高校の先生になりました。彼が冒頭の言葉で意味したのは、「一番できる人間は、明るくて良い存在であれ」ということです。これは、アメリカの社会がエリートに求めていることそのものです。


 話は第一回目のテーマに戻るのですが、僕はこの本のタイトルに『上を伸ばす』という意味を本当はこめたかった。なぜかというと、日本では優秀な人が隠れちゃっていることに、すごくもどかしさを感じるからです。学校教育のなかでもみんなと仲よくやるためには優秀であることを隠すっていう文化があるじゃないですか。高校生でも大学生でも。できる人はできると言わないし、勉強している人は勉強していると言わない。能力を持ってうまれついた人はそれを社会のために活かすべきだ、だからその人たちを徹底的に伸ばすんだ、というのが欧米のエリートの育て方ですが、日本社会はそういうことに対してすごく強い不快感を表明します。格差社会につながる、というわけです。そんな環境では、上の人は隠れるほうが合理的な選択になる。能力の高い人たちがオープンな場で人間的に鍛えられ、成長していくプロセスそのものがないんですね。たとえば「キャリア組」という言葉は、その後の組織での栄達が、大学卒業時の能力で決定される、という意味ですね。フェアでオープンな切磋琢磨がない。キャリア組の中にすぐれた人がいることは否定しないけれど、総体として、こういう仕組みは、優秀な人間は表からは見えないけれど、裏で闇将軍的に力を持つという形をとりやすい。だから社会全体からエリートに対する期待や信頼が生まれないんですよ。

 いまサブプライムの問題でアメリカの経済不安が言われていますが、最後にアメリカ人がよりどころとしてもっているのは、「一番優れた人たちが上にいて、正しい判断をしてくれている」ことへの信頼なんですね。ベストを尽くしてそういう人を選んでいるということへの信頼です。FRB議長には、総合的にずば抜けた能力を持った人たちを選ぼうという意志がちゃんとある。ここのところの、日本の日銀総裁・副総裁を選ぶ政争の姿を見ていると本当にがっかりしますよね。「本当に志とエネルギーと能力を持った現在のベストな人が誰なのか」という議論はいっさい、表ではしないわけです。もちろん政治の世界、特にブッシュ政権にはさまざまな問題があるけれども、経済政策の部分はまだ「上への信頼」が揺らいでいないと思うんです。そこが最後のよりどころになっている。アメリカがダイナミックでありながら求心力のある社会をなんとか保っているのは、アメリカに「上を伸ばす」という発想の教育があるからです。グリーンスパンをはじめ多くの人が言うように、アメリカがいちばん誇るべきものは高等教育であり、オープンな場でエリートが切磋琢磨されるメカニズムです。産業界にもそういう「上を伸ばす」メカニズムがいたるところにある。それがないアメリカって、まったく想像ができないほど、このことが社会に根付いている。

 日本にもとてつもなく優秀な人はたくさんいます。でも、目立たないように隠れている。それで結果的に楽をしている。僕は日本の尖がった若い人たちとよく話をするのですが、彼らが僕に求めていることってなんだと思いますか?叱られたいんですよ。自分が足りないところ、世界レベルで見てまだまだなところ、そういうところを発見してはっきり厳しく言ってほしいと思っている。シリコンバレーの同世代と比べてまだまだじゃないか、そんなもんじゃない、もっと志大きくやれるだろう、って叱咤激励してほしいわけ。シリコンバレーならそれが当たり前なんです。投資家は、親子くらい年の離れた起業家を伸ばすために、真剣に叱りますよ。大組織でも、GEで行われている幹部教育なんか、そういう側面がありますよね。

 日本のいまの若い人は、たとえばアメリカの同世代と比べると、ロジックが弱いし、能力も弱い。精神的にも頭脳ももっと強くなれと僕は言いたい。僕の知り合いの東大の大学院生で2006年にスタンフォードのコンピュータサイエンス学部に行った人がいます。彼は一年で成績が上位5%に入ったんです。久しぶりに会ったら見違えるほど成長していて、自信に満ち溢れていた。まさに「男子三日会わざれば」ですよ。その彼が「東大大学院時代の100倍勉強してます」と話していた。いや100倍ってことはないだろうといったら、100倍ですと。課題は多いし、先生は本気だし、世界から集まった学生が競争しているからすごくやりがいがある、と。それに加えて、成績がトップ5%に入った彼のような学生は、シリコンバレーのたくさんの会社から注目されるから、さらにそこでがんばる。マイクロソフトからもグーグルからも声がかかる。とにかく産学がほんとうに一体になっていて、「見られて」いる学生はとんでもなく伸びる。その環境が日本にはないから、素質はあっても十分に伸びない。本人もそこそこで満足し、それでいいと思ってしまう。要は甘やかされているわけですよ。新興市場もうんとアメリカより甘くなっちゃったから、いい加減に上場できる。アメリカじゃ絶対上場できないような会社でも、日本では簡単に上場できてしまう。若い人に楽させちゃだめです。とくに上の人たちに楽をさせてはだめ。40歳くらいまでは叩いて、叩いて、もっと立派な人間になってもらわないと。

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文藝春秋
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