「世界を変える人、日本を変える人」 第8回

商社マンから転身、高校生留学事業をライフワークに

高田祐三さん(AFS日本協会事務局長)

 
 
2008年7月18日
 
 

財団法人AFS日本協会事務局長

高田祐三さん

Yuzo Takada
1954年生まれ、大阪府出身。1972年にAFSの19期生として1年間渡米。79年東京大学法学部を卒業し、三井物産に入社。以来、主に化学業界を担当し、海外勤務は合計4回x9年を数える。1980~2000までの間断続的にAFSの評議員を務め、2000年には同組織の国際本部(ニューヨーク)の理事に就任。今年3月、三井物産を退職し、現職。

AFS日本協会 http://www.afs.or.jp



 
 

 洞爺湖サミットでは、先進国のリーダーシップの限界と、新興国の圧倒的存在感が印象的だった。これからは、経済力だけでなく、世界的視野に立って声をあげ、利害の異なる国々をまとめあげていく人材を有する国が世界をリードしていくだろう。
 高校生の交換留学を通じて、そうしたグローバル人材を育成してきたのが国際的な非営利組織のAFSだ。1914年、傷病兵の救護・搬送に携わるボランティア団体として発足、現在、世界50ヵ国に加盟国を持ち、交流国は80ヵ国にも及ぶ。日本人でも、川口順子前外務大臣、猪口邦子前少子化担当大臣といった大物議員、ミスター円こと榊原英資氏のほか、現役の大使・公使・総領事のうち14人がAFSのリターニー(留学経験者)だ。
 今年7月、三井物産を早期退職し、日本協会の新事務局長に就任した高田祐三氏に、世界規模の交換留学制度の意義について聞いた。

 
 

ストレートに進学、
就職するだけがベストなのか?

――いまの高校生は以前に比べてあまり留学に積極的ではないという話を聞きます。

 外国が以前に比べて非常に身近になったために、海外で生活をするということが憧れではなくなっているようですね。実際、商社に入社するような人でも、海外赴任を嫌う人が増えているんですよ。また、いい大学にストレートで入り、一流企業に入社することが人生の目標になると、留学というのはある種の寄り道ですから、そんな寄り道をせず、ストレートに進学、就職したほうがいい、という考え方の人も増えているように思います。学校の先生たちのなかにも、そういう考えの人は一部ではありますが、いらっしゃいます。ただ、その一方で、これだけ世界の情報がすばやく手に入る時代になったからこそ、国際情勢や問題に対してより高い関心を持っている若い人たちも増えていると思いますよ。

――交換留学の魅力とは何でしょうか。

 1年間の体験が人生を変えるほどの経験をもたらすことでしょうね。たった1年の留学経験が「生涯体験」になるんです。私は高校3年の夏から1年間、アメリカのカリフォルニアのレイクアローヘッドという場所に留学しました。帰国後は留学仲間の影響を受けて東京の大学に進学し、当時虎ノ門にあったAFSのオフィスにいりびたってボランティア活動をしていました。総合商社に入ったのも、高校時代の留学がきっかけで、海外を舞台に活躍できる仕事に憧れたからです。ホストファミリーや友人たちとの交流も続いています。留学以来、今までの35年間で約10回ホストファミリーを訪問しましたし、3年前には32年ぶりに、留学生仲間だったデンマーク人の友人と再会しました。会社に入ってからもボランティアを続けてこられたのは、「1年の体験がその後の人生を変える」という喜びを次の世代に伝えたいという思いがあったからでしょうね。留学というと「語学力をつける」ことと結びつけがちですが、若いときに異文化のなかで生活することは、語学力にとどまらず「異文化力」を身につけることにつながります。この異文化力は、就職してからも役に立ちますよ。


「在宅留学」もおススメです

 

――交換留学の事業では、いまどこに力をいれていますか。

 日本としてとくに重視しているのはアジア・パシフィック地域における交流です。AFSという組織は多様性をとても大事にしていて、英語圏だけを交流先として偏重するようなことはしません。AFS全体としてはアフリカや中近東などにももっとAFSのプログラムを広げて行きたいと考えています。AFS日本協会では日本政府主導の「21世紀東アジア青少年交流計画」の一環で、アセアン諸国やインド・オーストラリア・ニュージーランドといった国からの留学生を多数受け入れています。これは、昨年の東アジア首脳会議で、当時の安倍首相が主導して、今後5年間、毎年6000人程度の青少年を日本に招く交流計画を実施することを表明したことを受けたものです。高校生の留学受け入れの相当部分をAFS日本協会が受託しています。この事業が始まったことで、これまでは日本から海外諸国へ出て行く留学生の方が多かったのですが、今では日本へ来る留学生の数の方が多くなりました。今後は日本も若い人を海外に出すだけでなく、「留学生の受入れ大国」を目指していくべきだと考えます。

――社会人留学制度の要望も多いのではないですか?

 時代の変化に応じて、対象年齢を広げたプログラムを増やしています。ただ、海外に行かなければ異文化交流ができないわけではありません。ホストファミリーになれば、家にいながらにして異文化交流ができるんですよ。「駅前留学」ならぬ「在宅留学」(笑)。留学生と同じような年齢のお子さんがいる家庭だけではなく、ぜひ定年退職されて時間がある方にもホストファミリーになっていただければと思っています。これまでの人生経験を生かした心配りや、日本文化への深い理解を留学生に伝えていただきたいですね。

――興味はあるけれど、語学力に自信がない、という人もいると思いますが。

 外国語が話せないからホストファミリーになれないということはありません。話せないけれど、何とか工夫して伝えることを楽しむ人とか、いろいろいらっしゃいます。留学生を受け入れると、その家庭、学校、そして地域全体の異文化力が向上すると思います。いきなり1年間というのが大変だと思われる場合は、もっと短期のプログラムもあるので、まずはそういう短期のものから始めていただくのも一つの方法だと思います。


商社マン時代から続けてきた
ボランティアを「本業」に

――総合商社に入られてからも、AFSの活動を続けてこられたのはなぜですか?

 やはり企業というのは利益の追求がベースにあるわけですが、もっと直接世の中に役に立つことがしたいという欲求がありました。それで、仕事のペースがつかめてきた頃に、AFSのボランティアを再開しました。私にとってのオンとオフの「オフ」はAFSの活動だったわけです。アメリカに駐在していたときには、ルイジアナ州のバトンルージュでAFSの日本人留学生が射殺されるという痛ましい事件がありました。被害者の服部剛丈くんのご両親は、二度とこのような悲劇を起こさないためにと「YOSHI基金」を設立し、この基金で、アメリカの高校生を年に1人留学生として日本に受け入れています。この基金をAFSがサポートしていますので、私自身、留学生候補のファイナリストを電話でインタビューしたりもしました。

――高田さんは、2000年にAFSの国際理事に選ばれています。

 AFSには、世界中に約3万5千人のボランティアがいますが、その中から18人の国際理事が選出されるんです。50ヵ国にあるAFSを統括するために国際会議を開いて、今後の課題や方向性などを話し合います。この会議に出るために、会社で年間5日とれるボランティア休暇をフル活用しました。

――新局長就任にあたって、29年お勤めになった三井物産をお辞めになったわけですが、相当勇気がいったのでは?


 そんなこともないです(笑)。その間もずっとボランディア活動を続けていましたから、周りの理解も早かったですね。「本腰入れてやりたいのなら仕方ないな」と。商社にいた頃は、周囲の理解はあったとはいえ、休暇をとったりすることには相当気を使っていました。もっとAFSの活動を思い切りやりたいという気持はずっとあったんです。そこへ今回たまたま事務局長にというお話をいただき、これはもうやるしかないな、と。50台前半でまだ気力も体力も充実していますから、タイミングもよかったと思います。


――周囲はどういう反応でしたか?


 家族は反対しなかったですね。「やりたい事をした方がいい」という感じでした。商社時代から比べると収入は減りましたけれども、やっていけないということはありません。同世代からは圧倒的に「うらやましい」という声が多かったです。これからの人生をどう生きようかと考えたときに、好きなことを職業にできるのは幸せなことだと思います。AFSの国際本部会長であるフランシスコ・タチ・カザールさんと会ったときに、「私は毎朝起きるたびに、全世界に1万数千人いる留学生にすばらしい夢と体験を与える仕事をしていることに喜びを感じる」と言われました。私もいま、同じ思いです。


 
 
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