「世界を変える人、日本を変える人」 第6回

「名刺で人生変わるかって? それはね……」

長友啓典さん(アートディレクター)

 
 
2008年5月14日
 
 
アートディレクター、グラフィックデザイナー、イラストレーター

長友啓典さん

Keisuke Nagatomo
1939年大阪市生まれ。1969年に黒田征太郎氏とともにデザイン事務所K2を設立。以来、アートディレクターとしての活躍ぶりとともに、文芸、芸能、スポーツまで幅広い分野にわたる交友関係がクローズアップされることも多い。
今年3月に上梓された『成功する名刺デザイン』(講談社刊)では、自らデザインした約100パターンもの名刺を紹介している。


インタビュー・構成=石田純子

 
 

たかが名刺、されど名刺。
ビジネスパーソンにとって自分の分身とも言えるその小さな紙切れは、
ときに面はゆく、ときにずっしりと重い。
その名刺が人脈形成、ひいては仕事の成功に与える影響は
一体どれほどのものなのか。
岡田武史、千住博、宮沢りえなど著名人の名刺デザインを多数手がけ、
依頼主が次々成功をおさめたことから
「招福名刺デザイナー」の異名をとる長友啓典さんに、名刺について尋ねてみた。

 
 

――長友さんは雑誌・書籍分野のデザイナーとして知られているので、これだけたくさんの名刺をデザインされていたとは、少々意外です。

 昔、「名刺じゃんけん」というのに凝ったことがありましてね。(故)景山民夫が始めたんだけど、手持ちの名刺を出し合ってどっちが強いか勝負するという。課長と社長だったら社長が強いとか、有名な人の方が強いとか。でも、肩書きや名声だけで決まるわけでもない。一目見てなんとなくいいなと思わせる名刺もあるんですよ。受け取ったときに、ほっこりと温かい気持ちになるような名刺がね。人相や手相と同じように「名刺相」というのがあるんじゃないですかね。

『成功する名刺デザイン』
長友啓典 野地秩嘉著
講談社 本体価格1600円+税


――「名刺相」というのは面白い考え方ですね。

 感じのいい名刺を受け取ると、丁寧に扱ってちゃんと保管しようと思うし、逆に無個性な名刺だとピンとこない。ホステスさんの名刺なんて、もうちょっと考えた方がいいよね。みんな角丸で小さくて和紙みたいな紙で、似たようなのばかりじゃないですか。それだと翌日になってどれが誰だったかわからなくなる。だけどそこでキラリと光る名刺があれば、大事にするし、それが縁で店に入り浸るようになるかもしれないじゃないですか(笑)。


――個性がにじみ出るような名刺が、いい「名刺相」だと。

 うん、大げさに考えなくても、ちょっとしたことでいいと思います。名刺のデザインには、大判ポスター1枚デザインするのと同じくらいの労力がいります。その人の生い立ちや考え方、ライフスタイルを考えながらデザインするから。だけど結局は、使う人がどうやってその名刺を手渡してコミュニケーションの入り口をつくっていくか、ということに尽きると思うんです。だから名刺を生かすも殺すも使う人の遊び、しゃれっ気なんですよ。渡す相手との縁をつなぐきっかけとして、たまたまデザインがあるだけで。名刺という小さな紙で自分のすべてを語ろうなんて思わなくていいんじゃないかな。
 名刺をパッと出したときに、名前を見て「ああ、九州に多い名字ですね」なんて話が始まっていくように、名刺を通して何かを語っていければそれでいい。だから、渡し方は大事だよね。記号の交換みたいなことじゃなくて、ちゃんと相手の目を見て「よろしくお願いします」というメッセージを送らないと、名刺の存在は生きてこないと僕は思いますね。


――会社の名刺には情報量が多いものが増えています。社名、連絡先、ISO取得のようなアピールまで盛りだくさんですが。

 僕はあんまり意味ないと思うね。いろいろ宣伝したい気持ちはわかるけど、名刺一枚で1億の取引ができるわけじゃなし(笑)。昔と違って今は会社の業態も広がってますしね。「なんとか屋」の一言で言い表せないほど、一社でいろんな仕事を手がけていたりする。だから名刺もそういう世相を反映していってもいいと思うんです。
 僕が名刺をデザインした中に、「FM802」という大阪のラジオ局があります。ここは最初社員が3~4人だったので、一人一人ロゴもデザインも違う名刺を作ったんですよ。そうすると訪問先でも、「ああ、昨日の人と違う名刺なんだね」と言われたりして、自然に話の糸口がつかめる。今は社員の人数がどっと増えて、名刺も100種類くらいになりましたが、こういう使い方が定着すると、社員の方も今の名刺が切れたら、別のデザインのものを持ってみれば面白いんじゃないかとか、いろいろ考えるようになりますよね。
 この会社は、発足前の段階でロゴを何案か見せたところ、「あれがいい」「いやこっちがいい」とみんなの意見がまとまらなかったんです。そうしたら当時の会長の佐治さん(注・サントリー会長でもあった佐治敬三氏)が顔を出して、「みんな使ったらええやないか」と。その一言で決まったんです。一つの会社でもいろんな面があるんだから、ロゴだって一つじゃなくていい。そういうふうにCIの考え方が変化してきたのは面白いですよね。


――『成功する名刺デザイン』の中では、ブログのアドレスだけを入れた名刺など、個人にフォーカスした名刺もたくさん出てきます。


長友さん曰く「顔を出す場に合わせた(仕事以外の)名刺を何枚か持っているといいよね」。ご自身も、仕事の名刺のほかに、ブログのタイトルとアドレスだけの名刺や、仲間5人と作った「珍獣会」の名刺など、「いろいろ持っている」とのこと。使う名刺によって人格も変わるのか?


 名刺入れは分厚くなってしまうけど、会社の名刺と個人の名刺と両方あった方がいいと思うんですよ。年配の人はとくにそうですね。趣味で俳句をやっていて、句会で配るんなら、参与みたいな名誉職がいっぱい入っている名刺を渡しても味気ないでしょう? 顔を出す場に合わせた名刺を何枚か持ってるといいよね。ブログをやってるなら、住所は入れずにブログのアドレスだけの名刺でもいいし、犬を飼ってて公園に散歩に連れて行くなら、そこで会う人に渡せるように「ポチのお父さん」というのでもいい。僕もブログ名刺や日本ラグビーフットボール協会の名刺、仲間5人と作った「珍獣会」の名刺、ほかにもたくさん持っています。


――名刺に肩書きや所属を入れることで、自分の立ち位置が再確認できたり、名刺の重みに勇気づけられたりということもありそうですね。

 あるでしょうね。駆け出しのイラストレーターに会ったりすると、僕はまず「名刺にイラストレーターと入れなさい」と言うんです。そうすればその人の絵を知らなくても、「今度絵を見せてくださいね」というふうになるじゃないですか。
 そうやって名刺を使って「なりきる」ことは大事ですね。課長になると課長らしくなり、部長になると部長の風格が出てくるように、肩書きは必要だと思います。儲かってなくても「あ、社長さんですか」となれば、ボロは着てても心は錦ですから(笑)。
 取締役になった人なんかは、照れながら「今度取締役になったんですよ」と名刺をくれたりするけど、あのうれしさと緊張感が混じり合った表情を見ていると、こちらも「おめでとうございますと」いいたくなるわけですよね。
 自分でいうのもなんやけど、僕のデザインした名刺は前々から「招福名刺」と言われていたんですよ。作家さんなら名刺を作った直後に直木賞を取ったり、ショップカードなら店が繁盛するということが続いてね。デザインもあるかもしれないけれど、一番の理由は、名刺を新しく作ることにしたその人の気合い、意気込みが実を結んだということなんじゃないですかね。人に渡したくなるような名刺を持って、気持ちを込めて相手に渡す。それが大事だと思います。


 
 

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