2005年9月5日

第299回 営業レディ in 中国

 
 
プレジデント編集部
木下明子 = 文
 
 

 中国で営業レディをしてきました。

 2003年9月に編集業を一時休業し、北米の某大学院へ旅立った私。単位をすべて取り終えたあと、修士論文の代わりにインターンシップをしてそのレポートを書けば学位を授与する、というプログラムを選択した。

 ちょうど、日本で大学・大学院を出た後、大手商社に勤務経験のある中国人の友人Zが、中国に帰国して会社を興しており、しつこく手伝えと誘われていたので、3カ月ほど働かせてもらうことにしたのである。上海郊外の工場地帯としてバブルに沸く蘇州市に、故郷の四川省を拠点に事業を手がけるZが、日本人と合資で作った新会社である。現地基準の薄給を呑む代わりに、学業優先、携帯電話代と住居費は会社負担という条件で合意。

 中国語のニュースを日本語に翻訳したものをウェブ上で閲覧できるサービスを、日系企業に売ることが私のメインの仕事となった。

 ずらりと並んだ日系企業のリストを前に初の営業アポ取りを行う。

 実は、私が赴任する前、中国語のあまり出来ない日本人社長のSさんは、日本語の出来る中国人部下に、「とりあえず日本人を出してください」とお願いする方法でアポイントを取らせんと試みていたそうな(当然ながら、日系企業でもまず電話に出るのは現地採用の中国人である)。しかし、結果は、数十件かけて日本人まで行き着いたのは2件しかなかったという。セールスの電話とわかると、百戦錬磨の中国人交換手にあっという間に撃退されてしまうからだ。

 そこにやってきたのが、普段はZの故郷・四川省に勤務している日本人株主の一人であるM氏。S社長に事情を聞くやいなや、おもむろに自分で受話器を掴みアポ取りを始めた。M氏の中国語はS社長と同じレベルである。相手が出るなり日本人まるだしの中国語で「ニホンゴ話セマスカ? ニホンゴ話セルヒト?(と、中国人の耳には聞こえていると思われる)」を繰り返す。

 しかし、この「カタコト中国語」方式でM氏は7〜8割がたアポを取ってしまったのである!

 そもそも、流暢な中国語で電話をすれば、交換手の段階で用件を根掘り葉掘り聞かれ、挙げ句「セールスお断り」で叩き切られてしまう。そこで、1、中国語がほとんど出来ない人間として(もしくはそのフリをして)電話をすれば、第一段階を突破して、日本語が出来る中国人に取り次がれる。2、しかし、蘇州の日系企業に勤めている中国人の日本語レベルは、一般にそれほど高くない。3、そこで、今度はなるべく早口の日本語で用件をまくし立てる。すると、驚いた中国人は思わず日本人幹部に受話器を渡す(現地語がロクにしゃべれない外国人から電話がかかってきて、パニックに陥るのは日本人も中国人も同じ)。これで第二段階突破。4、日本人幹部が電話に出たら、呼吸を整えて、丁寧な日本語で営業トークを始めるのである。

 ちなみに、長年日本で営業人生を歩んできたM氏の最後の一押しは、「"本日の午後"伺いたいのです」と、具体的な日時をきっちり伝えてしまうこと。「ご興味がおありになれば、お伺いしたいのですが」などと下手に出ると、相手は「興味ないから来なくていい」と答えがちだが、「本日の午後伺います!」と強気に出ると、そこは律儀な日本人、ついつい手帳を開いてスケジュール確認してしまうものらしい。もちろん今日がダメなら明日、明日がダメなら明後日である。

 かくして、私も上記の方法で首尾よくアポ取りを行い、営業に回る毎日となった。たどり着いた結論は、アポ取りに限らず「日本人相手の営業は日本人じゃないと無理がある」。

 日本人のおじさま(とは限らないが)の多くは、どんなに流暢な日本語を操る外国人でも、外国人が営業に訪ねてくるという事実に引いてしまうのである。ほぼネイティブ並みの日本語力を持つZが営業に伺っても、中国名に刷られた名刺を出したとたんにセールスが難しくなる。私の経験でも、同行した中国人社員と一言二言、中国語で会話をすれば、とたんに「キノシタさんは最初から日本人?(=帰化したのではないか?)」と疑いの目で聞いてくる駐在員もいた。

 日本人に会いたくて、買う気はほとんどないけれど、とりあえず呼んでみたという人もいた。日本人女性というだけで、会うなり「いやあ、大変だねえ、こうやって回らないといけないんだからー。お父さん、お母さんは心配してないの?」と感心されてしまったこともある(買ってはくれなかったが)。

 一昔前は、旧市街を抜ければ見渡すかぎりの農村で、ほかにはほんとに何もなかった蘇州の奥の奥、太湖のほとりまで外資の工場がガンガン進出している時代である。営業に行くときは、タクシーの運転手にチップをいくらか握らせて工場の入り口で待たせておかないと、帰りは人力三輪車(長距離移動にはとても耐えられない)を使うしかないというすさまじさ。渋滞を恐れて30分早く客先に着いてしまったときなど、喫茶店などあるはずもなく、出稼ぎの人々が粉塵にまみれて植え込みを整備する様子を眺めつつ時間をつぶすしかなかった。中国進出ブームのおかげで、文化も言葉もさしてわからない状態のまま、たった1人で赴任させられたとしたら、そりゃ日本人が恋しくなりますよね。駐在員向け営業で、日本人女性の現地採用に需要があることを肌で感じ取ることができた。

 ちなみに、欧米系の現地企業を相手に営業している日系メーカーの駐在員営業マンによると、「ある意味、欧米企業は本当にわかりやすい」のだそうである。とりあえず英語でアポを取り、プレゼンして、相手が気に入ればそれで契約成立。ダメならその場でダメ。英語がネイティブ並みに話せようが、そうでなかろうが、内容がきちんと伝えられればほとんど関係なし。外国にいてさえ、ガイコクジンがモノを売りにくるだけで10歩くらい引いてしまうニッポン企業は、まだまだグローバル化には遠いということか?

 結局3カ月で、2件成約にこぎつけた私は、人民元の切り上げに便乗すべく、2件分の成功報酬を給料と一緒に中国工商銀行の定期預金に放り込んだ……。そこで、私のインターンシップの3カ月は終わった。しかし、あのまま中国で活躍する日本人のトップ営業レディとして弊誌登場を目指すような人生も、もしかしてあったのだろうかと、時々思う。

 
 
PRESIDENT公式twitterアカウント

メールマガジン <プレジデントニュース>

 
 

「プレジデント」編集部員による取材現場でのこぼれ話やビジネスマンに役立つオリジナルコンテンツ、新刊書籍案内などを、週1回のペースでお送りいたします。

メールマガジン申込・登録変更